小説 | ナノ


▼ 99

なんて、思っていたのだが。


「……成宮、顔色悪くない?」
「えっ!?いや、全然そんなこと、ないけど?」

デザートが出てきて、そろそろ終盤といったタイミング、何となく、成宮の口数が少なくなっている気配がした。

しかし、指摘してみれば成宮は視線を横にさせ、冷や汗をかきながら不器用に口角をあげる。

「……もしかして、成宮って船苦手?」

私はロケで船酔いしない人間だと分かっていたが、考えてみれば船に乗る機会なぞ人生でそうあることでもない。クルージング船とはいっても、多少の揺れはある。

「苦手っていうか……初めて乗った」

そして、成宮は合わないタイプようだ。

「あちゃー、とりあえずお水貰おうか」
「……助かる」
「というか、戻しちゃった方が楽じゃない?」
「それは嫌」

いっそ戻した方が楽なのでは。そう思ったのだが、成宮はかたくなに拒否する。強がるのは良くないと思うが、恰好付けたいんだろうという気持ちが見えているので、何ともいえない。

そうこうしていると、先ほどこの部屋まで案内してくれたスタッフさんがグラスと、ウェーブの大きなピッチャーを持ってきてくれる。扉が開いた瞬間だけ、成宮は姿勢を正し、そしてまたテーブルにでろんと倒れた。

「水、飲める?」
「……飲む」

預けた鞄に、酔い止め薬はあったはず。ふと思い出して、それも提案してみた。

「酔い止め薬あったと思うけど」
「……成分書いてある?」
「ううん、箱は捨てちゃったし」
「球団から出されたの以外、薬って飲めないんだよねー……」

薬ケースに入れてあるから、箱はもう捨ててある。ドービング云々の問題があるから、そんな成分の分からないものをプロ野球選手に飲ませるわけにはいかない。まさかこんなところで彼がプロであることのネックが出てきてしまうだなんて。

「……やっぱり戻した方が楽なんじゃない?」
「それはぜってーイヤ」

もう一度聞くけれど、やはり成宮は拒絶する。もう今更、私の前で恰好付ける必要もないと思うのに。

(今まで散々、かっこよくないところ見てきたのになあ)

何にしろ、成宮がイヤだというのに無理やり指を突っ込んで戻させるわけにもいかない。成宮だって、考えて準備して、この場を準備してくれたわけだ。

とはいえ、成宮の顔がどんどん青くなっていくのは居たたまれなかった。

「とりあえず、着いたらすぐ降りようか」

この部屋なら優先して下船させてもらえるはずだ。念のためスタッフの方に声をかけておく。
他の人たちから違和感を悟られぬように、いちゃついているかのように腕を組んで、クルーズ船を後にした。




「……歩ける?」
「だ、だいじょうぶ」
「大丈夫ではなさそうだけど」

乗船の時とは打ってかわって、成宮を支えるようにして腕を抱く。強がりたいという成宮の意思を尊重して部屋付きのスタッフ以外にはバレないように歩いてきたが、これからどうしたものか。

とりあえず、駐車場についた。暗がりで成宮はしゃがみ込む。

「なるみやー宿取ってあるー?」
「……ない」
「それは困った」

とりあえず徒歩圏内のホテルに電話を入れてみたが、3連休真っ只中ということもあってどこも満室。タクシーに乗せてどこかのビジネスホテルに放り込んでもよかったのだが、こんな体調の悪いプロ野球選手を一人にさせる不安もあるし、この高級車を一晩放っておくのはいかがなものかとも考える。


「成宮、鍵貸して」
「……ん」

しゃがみこむ成宮から財布を渡される。鍵、財布に付いているんだ。助手席のドアを開け、収納部を漁って見たら、あった。車の資料の束。

ケータイのライトを頼りに中身の書類を確認する。一応、成宮以外が運転してもいい設定になっているらしい。

(左ハンドルでも、操作は変わらないよね)

私は明日仕事があるから、早くホテルに戻らないといけない。でも成宮も一人にはできない。数年前に乗った感覚を思い出しながら、私は決意した。

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