小説 | ナノ


▼ 98

「……成宮、ひとつ確認したいんだけど」
「あーごめんね。デッキは貸し切れなくてさ」
「それなら安心」

階段をあがり、乗員に案内された場所は、船の先頭近くの部屋。この部屋自体は少人数で使用する場所のように思えるが、他のお客さんとはすれ違う様子がなかったのが少し気がかりだった。もしかして、無意味に貸し切ったりしているんじゃないかと。

「エリアがいくつかあるらしくてさ、他の部屋にはお客さんいるよ」
「よかった、全然すれ違わないから」
「調整してもらったからね」

平然と言ってのけるが、個人店ならまだしも、こんな大きいクルーズ船でそこまで勝手が利くものなのだろうか。誘われたのはつい先日だが、急いで準備してくれたのかな。ちょっと、いや、かなり嬉しい。


「……なんだか懐かしい」

呟いた私の言葉を、成宮が妙な拾い方をする。

「……どこの男と来たの?」
「船じゃなくて、なんかこう……階段のぼって二人きりってのが」

スタッフの方が出て行き二人きりとなったタイミングで、その話題を切り出す。はじめて成宮と食事をした時のことを、ふいに思い出したから。

「そういえば、かのえさんと再会したのってあの居酒屋か」
「……なんだか軽くない?」
「軽くはないよ。でも俺はずーっとかのえさんのこと見ていたから」

成宮からしたらあまり久しぶりという感じでもなく、強いていえば、その数日前にインタビューで喋った時の方が印象深いらしい。むしろ私はインタビューへ向かったことの方が記憶薄れていた。

「つくづく私たちって、気が合わないわね」
「そうかなー?食の好みなんかは結構似ていると思うよ?」
「確かに。成宮もパクチー好きになったし」
「好きにはなってないってば!」
「もう、なんでそこは認めないかなあ」

しょうもないプライドか、いまだにパクチーは女子の食べ物だと思っていて、女子の食べ物を好きな自分がイヤらしい。こういうとこ、無駄に頑固なんだから。

「あ、でも今日は俺もかのえさんも好きな物ばっかりだよ」
「パクチーも成宮好きでしょ」
「も〜葉っぱのことはいいから!置いといて!」

成宮が声をあげていると、彼の背後から乗員のスタッフが現れた。料理の提供が始まったのにずっと別の料理の話をしていて、ちょっと恥ずかしくなった。

「あれ、成宮って箸以外も使えたんだ」
「失礼な!俺だってちゃんとしたとこではちゃんとしているし!」
「私の部屋ではちゃんとする気なかったみたいね」

思い返せば、成宮は何を食べる時も箸を使っていた。外で食べたのは3回だけ。トヨさんに騙され……紹介してもらって訪れたお店。クリスマスイヴの神奈川の老舗本店。そして、初めて会った時。全部和食だったから、外でフレンチ食べる成宮って初めてだ。

「普通に使えるけど、箸の方が楽だし」
「日本人ね」
「あーでもアメリカ行ったら和食の機会も減るかな」
「あ、そっか」
「どうしたの?」
「成宮ってメジャー目指しているんだっけ」

本人から直接聞いたわけではないから、あまり実感がなかった。火のない所でも煙を立たされてきたけれど、この件に関しては火種は確かにあったらしい。

「……かのえさん、アメリカ行くの厳しい?」
「すぐ行くってわけじゃないから、大丈夫」
「数年はあるからね」
「具体的に何年後、ってあるの?」
「まあ、とりあえずは」

そういって、成宮はメジャー進出のシステムを説明してくれる。色々と制度があるようだ。ふんふんと話を聞きながら、美味しいディナーを食べ進める。

「……かのえさん、思うんだけどさ」
「ん?」
「せっかくのディナーなのに、こんな真面目な話つまんなくない?」
「そう?私は真面目な話好きだけど」
「そりゃかのえさんはカタブツだし」
「ああん?」
「ま、まじめな性格ですので!」

まあ、よしとしよう。成宮の訂正に妥協を許す。

「じゃあ高校野球の話でもする?」
「えーやだよ、どうせ青道の話じゃん」
「今年は無事にね」

分かりやすく唇を尖らせて不満をあらわにしてくる成宮。真面目な話よりも、よっぽど嫌だったようだ。

「……ま、おかげで一也たちが週刊誌引き付けてくれているんだけど」

グラスを傾けながら、成宮が呟く。何だかんだ言って、しっかりと感謝の気持ちは持っているらしい。私も知らなかったとはいえ、御幸や結城たち、果てはマネージャーたちにまでお世話になってしまっている。

「なんだか、迷惑かけちゃったなあ」

週刊誌に撮られてしまったら、大変なことになるのは私は重々承知だ。御幸たちもそれを分かって今回のことを買って出てくれたんだとは思う。だけど、やっぱり申し訳ないという気持ちはぬぐい切れない。

「今のかのえさんにできるのは、精一杯楽しむことだよ」

そんな私の様子をみて、成宮は真面目な顔でそう言ってくる。

「青道のやつらがここまでするのは、俺だからじゃなくて、かのえさんだからだよ」

残念ながらね、なんて付け加えて、成宮は傾けていたグラスをおいてまっすぐにこちらを見てくる。言われなくても、既に自覚してしまっている。ここまで助けてもらっていて、支えてもらっていると思わないでいられるものか。大学時代のいざこざの時も充分感じていたつもりだけど、あらためて、周囲にめぐまれていると実感させられた。

だけど、昔と今とは全然違うことがひとつある。

「でもさ、成宮」
「うん?」

「昔の成宮だったら、みんなは協力してくれなかったと思うの」

そこが何よりも大きな違いだ。

大学時代、男なんかと荒れていた私を青道のみんなはガードしてくれていた。その結果、人伝いに私と接触しようとしていた成宮からの連絡は、私の元まで届くことはなかったのだ。あの頃の成宮は、哲たちの信頼を得られていなかったんだろう。

「相手が成宮だから、今回みんなは協力してくれたんだよ」

私だってそうだ。昔の成宮相手だったらデートなんてしないし、そもそも連絡すら取り合おうとはしなかった。なのに今は、自分から連絡をしてまで食事の約束なんて取り付けてしまっている。

「……ま、青道のやつらに認められようがどーでもいいけど」
「もう、すぐそういうこと言う」
「それならかのえさんのお父さんに認めてもらいたいし!」
「飛躍するわね」

付き合ってもいないのに、もうそんな話になるのか。なんて呆れて言ってみたけれど、そういえば、成宮が出会いがしらに言ってきたセリフを思い出す。

「俺はいつでも行くつもりだけど」

とどのつまり、そこまでの将来を見据えてくれているということだ。昔こそ聞き流してしまっていたが、こうして成宮との距離が近づいてからは初めて話題に乗せられた内容。

言葉につまる私を見て、成宮はやわらかく笑う。きっと私が戸惑うことまで分かり切っていたんだろう。

「……今は返事しなくていーよ」
「いいの?」
「どうせかのえさんは結婚のことまで考えてはいないだろうって思っていたし」

ケロッとして成宮がそう言う。だけど、また言葉をつづけた。

「でもね、かのえさん」
「うん?」
「俺、別れるつもりで付き合う気はないよ」

そう言われ、瞬きしながら成宮を見つめる。


「”結婚を前提に”ってことだから」


真面目な、というよりも、優しい表情でそう告げる成宮。私も同じようにまっすぐ彼を見て、考えを伝える。

「……私だって中途半端な気持ちで付き合おうなんて思っちゃいないわよ」
「!」
「でも、とりあえずは今日が終わってみないとね」
「それはトーゼン!」

そう言って、彼の言葉を止める。ちょっと不貞腐れるけれど、そんな表情も可愛く思えた。私たちはまだ始まっちゃいない。

「甲子園決勝まで、何も出ないこと祈らないと」
「なんで決勝?」
「そりゃ俺とかのえさんの話題なんだから、出すなら夏の大会期間中に出すでしょ」
「なるほど」

もし今日のことが撮られていたとすれば、週刊誌に載るとしたら夏の甲子園期間中だろう、というのが成宮の見解らしい。いつまで、というのがわかると安心する。それまで何もなかったら、私は成宮と。


(――まあ、ともかく今はこの幸せを堪能するかな)


とはいえ、今日が終われば私はこんな気持ちでいる余裕もないだろう。そこだけは、自信が持てる。明日からはずっとずっと高校野球一色だ。ともかく自分の仕事を必死にこなすことだけを考えていればいい。

だけどとりあえず、今だけは成宮からもらった靴と、それが似合う女として食事を楽しもう。

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