小説 | ナノ


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ピピピピッ……


アラームの音が聞こえる。今日は月曜日、試合もないオフの日だ。飲んでいないから二日酔いの感覚はないけど、気持ち悪さがある。

いつも枕元に置いてあるケータイを手探りで探す。あれ、そういえばベッドがいつもより狭い。


ぺしっ


「……あれ」

ベッドの脇にあったもの――何だかやわらかいものを叩いた。



「……あー……ごめん、私の目覚ましだ」
「……は?」
「成宮おはよ、まだ2時だけど」
「……おはよ……じゃない!」

なぜ なんで どうして


「っなんでかのえさんがいるの!?」

飛び起きて辺りを見まわすと、見知らぬ部屋。俺の部屋でもかのえさんの部屋でもない、どこかのビジネスホテルっぽい感じ。動きにくいと思って自分の恰好をみたら、上着はないけど昨日のシャキッとした服のままだ。かのえさんは、昨日の黄色いドレスからいつものアナウンサーっぽい服装に着替えていた。

「なんでって……昨日のこと、覚えてないの?」
「で、でーとした」
「その後は?」
「船乗って、喋って、駐車場まで行って……」

その後が思い出せない。でも水もしっかり飲んだ。あれ、でも昨日酒は飲んでないはず。でも、なんとなく気持ち悪い。

「俺、なんでこんな体調悪いんだ……?」
「そこから覚えていないの?」
「まったく」

かのえさんとのお付き合いがかかった大切なデート。すっげー気合い入れて計画していたのに、途中から記憶がないとか、俺、最低すぎる。ショックを受けて頭を抱えていると、艶っぽい笑みを浮かべたかのえさんが、こちらに近づいてきて耳元で囁く。


「……思い出させてあげようか?」


その艶っぽい声に、ゴクリと、生唾を飲んだ。

「かのえさん、俺……っ!」
「……なーんてね」

「……は?」

色っぽい雰囲気は、かのえさんがパンと手を叩いて突然終わった。

「昨日船酔いで潰れた成宮を、私の取っているビジネスホテルまで連れてきてあげました!寝ている間に食べた物戻すと危ないからツインベッドの部屋準備してもらって、成宮が唸るたびに面倒みるべく起き上がっていた糸ヶ丘アナウンサーに大きな拍手を!」

流石はアナウンサー。昨日の出来事をつまることなく一気に説明してくれた。

「えーっと、つまり」
「クルーズ船から降りた成宮はずっと爆睡、私は介抱」
「マジですみません」
「よろしい」

俺はようやく理解して、改めて頭を抱える。

(最っ悪のデートだ)

だけど、かのえさんはチャキチャキと動いて支度をしている。朝2時なのに。っていうか、まだ朝でもないじゃん。


「かのえさん、先に出るの?」
「そりゃ今日から開幕だからね」
「あーそっか、甲子園」

去年、かのえさんが立ち上げから頑張っていた特集番組。今年も同じようにやっているらしい。朝から大変だな。でも、すごく嬉しそうだ。

「かのえさん」
「んー?」
「今朝って、ニュースみた?」

どうやら俺の知りたかったことはすぐ伝わったらしい。そう、俺たちが撮られてしまったのかどうかということ。しかし、かのえさんも気にしていたようだ。すぐに首を横に振る。

「まだ何も見ていないわよ」
「そっかー……」
「答え合わせ、一緒にはできないわね」

ケータイを付けて通知を確認するも、俺のところにはなんの連絡もない。つまり大事になるような問題はないようだ。それに関してはホッとする。

だけど、かのえさんのケータイは違ったらしい。

「……だけど、きっと大丈夫」

そういって、かのえさんは自分のケータイを差し出してくれる。見てしまってもいいのかと驚いたが、メッセージアプリの新着は見覚えのある名前で埋まっていた。

「こいつらって、」
「みーんな元青道のメンバーね」

全国津々浦々で集まっている、元青道野球部のメンバーからたくさんの連絡が入っていた。やれ降谷の飲みっぷりが悪いだの、やれ沢村が大声で騒いでうるさいだの。随分と楽しんでいるようだ。

「まさか本当に、一也追いかけて記者が移動するとはね」
「それは私も驚いちゃった」

確かかのえさんと同じ学年だった、藤原という女性からの興奮隠しきれないメッセージを見て少し笑ってしまう。おそらく、この人が一也と同じ場所で飲んでいたらしい。

『はじめてカメラ向けられちゃった!後ろから哲くん出てきたら逃げられたけど』

まさか本当に一也を狙って記者が向かうだなんて思ってもみなかった。そのあとに続いて送られてきていた雑誌社の名前から察するに、俺とかのえさんのクリスマスを追いかけていた記者と同じヤツっぽい。

「本当に騙されるもんだねー」
「ま、私の服で私のヘアアレンジだし」
「俺なら絶対に間違えたりしないけど」

そう言いながら、俺も再度自分のケータイを確認する。やっぱり何の連絡も入っていない様子だ。

「そうだ、車の鍵返すね」
「えっなんで?」
「なんでって……あんたの車だから」
「じゃなくて!なんでかのえさんが持っているの!?」
「えー……そこから説明始める?」

髪をくるんくるんにさせながら、かのえさんは面倒くさそうにそういってきた。

「またそのうち教えてあげるから」
「そのうちっていつ?」
「成宮は次いつ会えるの?」

高校生から人気だというポニーテールを作り、バランスを調整している。男子高校生がこのうなじを見てどうこう考えるのはすっげーイヤだけど、確かに、正直、めっちゃ可愛いから、かのえさんの考えは間違いではない。ポニーテールをしているかのえさんは抜群に可愛い。

「んふふ〜いつかな?」
「……なんで突然嬉しそうなの」
「だって!かのえさんと次会う相談しているなんて!」
「確かに、今までは一方的な約束が多かったからね」

かのえさんが言っているのは、多分、7月31日の話だ。俺が一方的にチケット送り付けたやつ。あ、でももしかしたら隣に住んでいた時にかのえさんが鹿肉捌くって言ってくれた時のことかな。

思い出すと、結構楽しくなっていた。また何にもないところで笑っちゃう。

「なーに笑ってんの」
「だって、幸せなんだもん!」
「まだどうなるかは分からないでしょ」
「大丈夫!絶対に付き合ってみせるから!」
「はいはい、じゃあ甲子園終わるまで何事もないことを祈っておいて」

いつの間にか、目の前のかのえさんは髪型もバッチリ決めて、テレビ越しにみるかのえさんになっていた。パリッとしているかのえさんも、かっこよくて好きだ。

「ねえかのえさん、いってらっしゃいのチューはいる?」
「いらない」
「えー!なんでさ!」
「なんでって……まだ付き合ってないんでしょ?」

確かに、昨日のデートがバレたかどうかは、今後の世間の様子を見ないと分からない。だけど両想いだって分かっているのに、一緒にいるのにチューひとつできないっていうのはもどかしい。かのえさんの提案だから仕方ないけどなあ。

「ねえ、成宮」

次の計画を真剣に考えていれば、俺がいじけているとでも思ったのか、正面に歩いてきたかのえさんが俺の頬をつつく。

「かのえさん、なーに?」
「……えっとね、」
「?」
「キスはアウトだと思うけど、」


ハグならしてほしい。かも。


ガッツリメイクをしているせいで、顔色はいつも通りに見えたけど、あげたうなじが真っ赤になっているのが分かった。

(こんな可愛いこと言われたら、リクエスト通りするしかないじゃん)

「わっ」

俺の頬をつついていたかのえさんの手を、思いっきり引っ張る。二人してベッドになだれ込んで、精一杯の力でかのえさんをぎゅうぎゅう抱きしめた。


「な、成宮!もっもういい!もう充分!」
「あーーー……むり、離せない」
「無理じゃなくて!」
「かのえさん体温めっちゃ高いし熱じゃない?」
「熱じゃない!夏なの!」

ああそうだ、もう夏だ。

暴れるかのえさんをぎゅうぎゅうと、そこから何分か堪能して、ようやく開放する。前髪がちょっとばらばらしていたので、そそっと直してあげる。

俺を信じてくれないかのえさんは、姿見の前へ行き自分の目で前髪と全身とを整えた。満足そうにしている。うん、完璧なかのえさんだ。するとちょうどタイミングよく、かのえさんのケータイが光る。



「迎えの車、来たみたい」
「えーっもう!?」
「打ち合わせあるからね」

思っていた時間よりも早い出発に文句を投げれば、「今日は開会式だから」と説明される。でも、もうちょっと一緒に居られると思ったのになあ。

「ねえ、かのえさん」
「ん?」

こほん、と咳ばらいをする。くだらない茶番を思いついた。人差し指を頬に添え、わざとらしいポーズをとってかのえさんを見上げる。

「俺と野球、どっちが大事?」

俺たち野球ばっかりな男どもが、散々聞かれてきた言葉。まさか俺が口にするタイミングがくると思わなかった。かのえさんも同じことを思ったみたいで、ちょっと笑いながら返事をくれる。

「成宮がそれ聞かれた時と、同じ返事だよ」

俺の好きなもの、かのえさんと、野球。どっちも大切で、どっちも大好きだ。

「ま、今は成宮が後回しだけど」
「俺も高校野球には勝てないかー!」
「比べるものじゃないでしょ」

仕事と俺と、どっちが大事なの。なーんて言う気はないけど、今はまだ、かのえさんにあんなキラキラした顔はさせられてないって自覚はある。仕方ないっちゃ、仕方ないね。高校野球って、特別だから。

「じゃ、行ってきます」
「うん、いってらっしゃい」

いつもの大きな仕事用の鞄を持って、かのえさんが俺に言う。昨日よりも低めのヒールを履いて、部屋をあとにしようとした。

「ねえ、かのえさん」
「うん?」

ドアノブを持ったかのえさんが振り返る。何か忘れ物かときょとんとしている表情は、あどけなくて、可愛い。


「愛してる」


このタイミングでそんなこと言われると思っていなかったのか、そのままの表情で固まる。だけど少しして、ちょっと恥ずかしそうに返事をくれた。


「私も」


昔と変わらない、凛々しいかのえさんが優しく手を振って扉をしめた。名残惜しくその扉を見つめてから、俺はまたベッドに倒れこむ。そうか、もうこんな時期なんだな。


また今年も、夏が始まる。


―FIN―

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