小説 | ナノ


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「着いた」
「……海?」
「そ!」

またレバーをガチャガチャ動かして、車を止める成宮。もうすっかり夜になってしまったのでハッキリとした場所は分からないが、磯の香りがする。

扉をあけて、助手席から降りると、成宮がこちらまで回ってくれた。手を差し出されたけど、恥ずかしいので断ってしまう。成宮は唇を尖らせていたが、流石に外だからか納得してくれた。

「夏の夜って気持ちいいね」
「夏は日光ガンガンだからこそじゃない?」
「それは確かに」

ジリジリと焼けるような日差し。それを受けると、夏を感じられる。高校生の頃から思っていたけれど、今だってその暑さで夏を感じられる。汗をかくのは苦手だけど、太陽は、嫌いになれない。

「ねえ、どこ行くの?」
「ま、着いてきて」
「……海に向かっているようにしか見えないんだけど」

海沿いのレストランでもあるのかと思ったのだが、建物をずんずん通り越していく。もしや突き落とされないだろうな……なんていう一抹の不安を感じたが、すぐに違うと気付いた。

「……クルーズ船?」

薄暗くて分からなかったが、角を曲がるとキラキラと明るい物が見えた。船だ。

「もしかして」
「ドナウ川じゃなくてごめんね」
「え、本当にあれ乗るの?」
「どうみてもその流れでしょ」

いつだったか、ヨーロッパのディナークルーズに行ってみたいとこぼした事があった。それを覚えてくれていたのかな。

「成宮、成宮」
「ん?」

なんとなく、近づいて耳打ちするように伝える。

「嬉しいです」
「ほんと?安心した〜」

私の表情を見て、ほっとした顔をする。きっと成宮からしたら「日本で妥協した」って感覚なのかもしれない。だけど、私からしたらすごく嬉しいことだ。

どうやら成宮は私の喜ばせ方をあまり分かっていない様子である。前のクリスマスイブだって、彼からしたら「本当は他の案にしたかった」らしいから。私にとっては最高のプランだったのに。


「ようこそお越しくださいました」
「ほら、かのえさん行くよ」
「え、顔パス?」
「とーぜん!俺を誰だと思っているのさ!」

クルーズ船の前で出迎えてくれたスタッフさんが、「足元、お気を付けくださいね」とだけ言って、ニコニコと見送ってくれる。本当に顔パスなわけないだろうから、先に支払いで来たとかそういうのかな。わざわざそこまでやってくれたという優しさに、つい、浮かれてしまう。

「成宮」
「どしたのかのえさん、さっきからすっげー名前呼んでく……っ!?」

成宮は私の喜ばせ方をしらないけど、私は彼の喜ばせ方を知っている。と、思う。

「足元、お気を付けくださいってさ」

クルーズ船の前までたどり着いた私たちは、船員の方からそう声をかけられていた。だから、私は足元を気を付けるために、彼の右腕に絡みつく。危ないからね、うん。

「なっ!?え、なっなんで今!?」
「ちょっと、危ないから暴れないでよ」
「だってかのえさんから俺に抱き着いてくるなんて!」
「ああもううるさい!静かにして!離れるわよ!」
「黙ります!」

後ろから、先ほど見送ってくれたスタッフさんの小さな笑い声が聞こえる。まったく、本当に恥ずかしいんだから。

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