小説 | ナノ


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ピンポーーーーーン


8月8日の朝、私のマンションのチャイムが鳴る。しかし、ドアの向こうにいるのは夜会う予定の男ではない。

「かのえ先輩!服貸してください!」

東京のマンションで出迎えた私にそう言ってきたのは、可愛い可愛い後輩の幸子だった。その後ろから今回連絡をくれた貴子が顔を覗かせ、さらに続々と元マネージャーたちが入ってくる。

「サイズ合うか確認してね」
「了解です!」
「杏奈ちゃんだっけ、どうぞ上がって?」
「お、お邪魔します」

私と在学の被っていない後輩までやってきた。きっと幸子に言われたんだろうなと思いながら、未だに仲の良いマネージャー陣を見て頬が緩む。



「で、みんなどこでデートなの?」

服を貸してほしい。そう貴子から連絡が入ったのは先週のこと。特に懸念することもない私はすぐに了承した。しかしその後、「春乃も一緒にいいか」「幸子も来たがっている」「そういえば3つ下のマネージャーが」――と言った調子で、結局大所帯で私の住まうマンションを訪れてくれた。

「えーっと、それはですね!」
「あら、もしかして言えない相手?」

私が地方のレギュラー番組でよく着てきた服を上半身にあてる幸子が、煮え切らない態度で言ってくる。物言いのハッキリしている幸子のめずらしい様子に、思わず茶化すように聞いてしまった。

「かのえにはまだ秘密なのよ。ね?」
「そ、そうなんです!」
「あら、行先はみんな一緒?」
「場所は違うけどね」
「?」

貴子の謎めいた説明に首を傾げるも、彼女は微笑むだけで何も言ってくれなかった。まだ秘密、ということはそのうち教えてくれるのかな。それならいいやとすんなり引き下がって、彼女たちの服を選んであげた。


「――よし、髪も完成!」
「かのえ先輩、ありがとうございます」

最後になった春乃ちゃんの髪を私のクリップで止めてあげて、全員のメイクアップが完成した。「早めに出ないと」と言っていた杏奈ちゃんは既に完成して部屋を離れた後だったが、可愛い後輩たちに並んでもらえて、とても満足だ。

「かのえ、髪もメイクもありがとうね」
「ううん、楽しかったし。でも……」
「でも?」

ずらりと並んだ元マネージャーたちを見る。私の私服に、私がしたメイク。ヘアアレンジもそこまでバリエーションを持っていないせいで、私のパターン化されたものをさせてもらった。そのせいで。

「なんだか……私の真似させちゃっている気がするわね」

そう、普段の私をそっくりそのまま真似させたかのようなファッションになってしまったのだ。

「幸子はもっと可愛い系の方が……直す?」
「いえ!かのえ先輩に似ていていいんです!」
「いいの?」
「むしろそれが目的で「何でもないわ、気にしないで」
「う、うん」

何か言いかけた幸子の口を、貴子が抑えつける。一体何があるのか分からないけれど、今度教えてもらえると信じて、私は彼女たちを見送ることにした。

「じゃ、みんな楽しんできて」
「かのえも、明日から頑張ってね」
「もちろん」

夏だからか、日差し避けの大きい帽子を深く被って、後輩たちは去っていく。みんな同じ場所ではないからか、時間をおいて、一人ずつ出て行った。最後に残った貴子から、挨拶をもらい、ついに私の部屋は静かになってしまった。

「さて、私も準備しますか」

そういって、彼女たちには見せなかった黄色いワンピースを手に取る。前日から準備してあった泊まり込み用のキャリーケースも抱えて。


***


そして夜、私は指定された場所――正確にいえば、迎えに来てくれるというので宿泊予定のホテルで待っていた。今年も去年の同じく、夏の高校野球終了までテレビ局すぐのホテルで数週間生活する。

『もうすぐ着く』

フロントには去年からいる人が立っていた。もう随分見知った顔だ。向こうも私の顔を覚えてくださっていた様子だが、ロビーで待つのは少しそわそわした。だって、去年は仕事で疲れてボロボロ状態でしか会っていなかったのに、今日は随分と気合いの入った服装をしてしまっているから。

「(フォーマルな恰好って言われたけど……どこに行くんだろう)」

クリスマスの時のように、どこか別の場所で待ち合わせた方がいいのではないかと最初に提案した。しかし、夜で危ないからという成宮に押されて、結局ホテルで待つこととなった。確かに、クリスマスも結局撮られちゃったからね。
成宮のほうはといえば、東京で試合を終えたらこちらまできてくれるようだ。いくら今日登板がなく、明日が休養日だからといって、バタバタとさせてしまって申し訳ない。

『着いた』

成宮からの連絡は、案外シンプル。うるさそうだなと思っていたのだが、最低限の文章だけ送られてくる。他の人にもそうなのか、それとも私がうるさいのを嫌がるからかは分からないけれど、どちらにしろ助かっている。

「(向かいます、っと)」

立ち上がり、ホテルを出る。流石に正面に止めてもらうと目立つから、と指定された裏口へ向かえば、見慣れない黒い車が止まっていた。成宮に乗せてもらったことがあるものとは違う、黒い車。だけどそれも彼の車であるようだ、左側から楽しそうな顔が降りてきた。

「かのえさんお疲れ〜」
「成宮もお疲れ、お迎えありがとう」
「俺は今日なーんもしてないけどね」

登板はないとしてもトレーニングか何かはしているだろうし、ここまできてくれたのは大変だったろう。もう一度、繰り返してお礼を伝える。

「こんな車あったのね」
「かのえさんいないし、駐車場空けておく必要もないからね」
「予備の駐車場があるんだっけ」

まだ成宮の隣に住んでいた頃、私が車を持とうか悩んでいたことがあった。その時に成宮が「予備の駐車場契約がある」と教えてくれたんだ。結局、彼がいつも乗っている大きな高級車の隣へ止める勇気を持てなかった私は、車購入を諦めてしまった。些細なことだけど、なんだか懐かしい気持ちがわいてくる。

「……あ、」
「どうしたの?」
「へへっ履いてくれているんだ」

そうして思い出に浸っていると、私の足元をみた成宮が小さく笑う。こんな機会でもないと、履けないからね。裏の赤いハイヒールを持ち上げて、私は彼の右側へと乗り込む。

「とりあえず行こっか」
「お願いします」

シートベルトを締めて、成宮は運転をはじめた。ガチャガチャとレバーを動かしている様子を見るのは、結構好きかもしれない。

「ね、今からどこ行くの?」
「せっかくなんだから待てない?」
「この恰好で大丈夫かだけ知りたいかも」
「めちゃくちゃ可愛いから大丈夫!」
「……さいですか」
「あ、照れてる?照れてるでしょ?」
「うるさいわね、前見て」

TPOに合った服装かどうかを聞きたかったのだが、明後日を向いた返事がくる。昔からこういうことを言われる機会はあったけれど、こちらも意識し始めてからは、やはり受け取り方が変わってしまう。ああもう、なんだか恥ずかしい。

「でもそのワンピース、初めて見たかも」
「おろしたてだし」
「デートの為に?」
「……服がなかったから、仕方なく」

絶対に突っ込まれると思った。だって普段はこんな明るい色、絶対に着ないし。だけど、今日の私には言い訳がある。

「そんなわけないじゃん!」
「本当よ、元マネの子たちが服貸してほしいって今日家に来たの」
「マネージャー?」
「ええ、髪とメイクも頼まれて。どこかでデートだそうよ」
「あー……そういうこと」

午前中に会った彼女たちのことを口にすれば、なぜか成宮は納得したように声をもらす。貴子たちと会うことはまだ言っていないのに。一体なんで知ったような言葉が出てくるのだろうか。

「何か知っているの?」
「一也がさ、今日のデートに協力してやるって言っていて」
「……協力?」

協力ってことは、もしかしてプランを考えてもらったりしたのだろうか。しかし、私が言うのもおかしいが、御幸はなかなかそういうことに不慣れな男だと思う。そんな彼がどう協力を。

「記者引き付けるようなこと言っていたんだよ」
「つまり……私の振りしたマネージャーたちと?」
「そうなんじゃないかな」

私にマイクを渡してきたスタッフに聞いたところ、試合後のことを仕組んだのは御幸じゃなくて彼のチームのエースだった。未だに邪魔をされるのかとため息ついたりもしたけれど、要は背中を押すつもりだったらしい。そして御幸はそれに乗っかっただけのはず。

「つっても、実際は哲さんたちもいるらしいけど」
「……なんでそんな」
「みんな、かのえさんに安心してもらいたいんでしょ」

今朝見送った、元マネージャーたちの表情を思い出す。そうか、あれは浮かれていたわけじゃなくて、私に対する表情だったのか。見守っていた後輩たちだったのに、逆の立場となってしまっていた。申し訳ないという気持ちもあるが、そこまで後押ししてもらえているという事実に、喜びを隠せない。

「……なら、私たちがヘマをするわけにはいかないわね」
「任せておいてよ!」

そう言って、成宮は丁寧にハンドルを回してくれる。さて、私をどこまで連れて行ってくれるのだろうか。先ほどまでとは違った温かさが、胸に湧いてきていた。

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