小説 | ナノ


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――時間はまたあとで連絡する!とりあえず、オシャレしてきて!


ざっくりとした約束をとりつけられた私は、さっそく買い物に来ていた。「記者からバレないように」するため、今までと違った系統の服を買うためだ。
別に成宮とデートだから服を新調しようだなんて、そんなことは……まあ、思っていたりもする。

(服見に来ても、行く先が分からないからなあ)

でも結局どこに行くのかが分からないから、買おうにもTPOが分からない。浮かれて朝から出かけてきたけど、結局途中で冷静になってしまい、いつもの仕事着を見て回る。


「あ、」

ふと目についた壁にかかる黄色に、小さい声を出してしまった。店員さんもそれに気付いたのか、笑顔でこちらにやってきてくれる。

「何か気になったものがございますか?」
「すみません、ちょっとあのワンピースが目について」
「綺麗な色ですよね」
「はい、めずらしい色だなあと」
「カナリアイエローですね、一色展開の品なんですけど、」

店員さんがワンピースの説明をしてくれる。どうやらこの店は海外ブランドを中心としたセレクトショップのようだ。このワンピースもヨーロッパの方から取り寄せた品らしい。

「(カナリア……か)」

いつだったか、成宮に言われた言葉を思い出す。彼からしたら、私はカナリアらしい。声を褒めてくれているのか、それとも毒感知に優れているからか、一体どういう意味で言ってきたのかは分からないけど、それでも、私の心にずっと残っている。


「よければ合わせてみますか?」
「うーん……」

少し考えたけれど、これだけハッキリとした色のワンピースは、カジュアルに着こなすことが難しそうだ。直近で誰かの結婚式もないし、パーティーもない。そもそもドレスは新調したばかり。

「いえ、今日は見るだけで」

家賃も高くなったし、節約しないと。その考えに落ち着いた私は、店員さんに断りを入れて店を出た。




ようやく一通りの店を見て、カフェで休んでいるとケータイが鳴る。

「もしもし?」
『あ、かのえさんだー!やっほー!』
「今日も元気そうね」

電話での問いかけには相応しくなさそうな挨拶をしてきたのは、やっぱり成宮だった。

『かのえさんは今日何してるー?お休みだっけ?』
「うん、買い物に来ているの」
『かのえさんって夏は痩せちゃうから、食べやすい物買い込んでね』
「ああ、うん、ありがとう」

私がスーパーマーケットにでも来ていると思い込んだのか、食生活の心配をしてくれる成宮。「デートの服を探しに来ました」なんて恥ずかしくて言えないので、せっかくの気遣いだからありがたく受け取っておく。帰りにはスーパーマーケットにも寄るからね。嘘ではないよね。

「そうだ成宮」
『ん?』
「8日はオシャレしてきてって言われたけど、どんな恰好していけばいい?」

行先も分からなくてはTPOも考えようがない。思い切って直接聞けば、変化球が返ってくる。

『めーーっちゃ可愛い恰好!』
「……聞いたの無駄だった」
『あ、でもかのえさんはいつも可愛い!』
「はいはい、ありがとう」

呆れてそう返事をすれば、成宮は少し悩んだ声をもらしてから、きちんと具体的な意見をくれた。

『いつも仕事で着ているような服で全然いいよ』
「そっか」
『だけど、もうちょっとカッチリしていても大丈夫かも』
「カッチリ……?」

カッチリ、ということは、それなりの敷居があるということなのかな。緊張してきたけど、ひとつ、先ほどみた物が頭をよぎる。


『ま、楽しみに待ってて!』
「分かった」
『げー呼ばれた!そろそろ行ってくる!』

考えてみたら、今日成宮は試合があるはず。まだこの時間だと電話する余裕があるんだ。去年まで私はもう仕事に出ている時間だったから、成宮の生活リズムが分かっていなかった。お互い少しずつ、知っていかないと。




「――あら、戻ってきてくださったんですね」

先ほどの店員が、嬉しそうに私を見る。結局すぐに戻ってきてしまって、少し羞恥心が湧いてきた。

「あの、先ほどのワンピースを試着したくて」
「是非とも。ご用意いたしますね」

ワンサイズらしいのだが、大丈夫だろうか。改めてそのワンピースをみると、結構体型が決まってきそうなシルエットをしていた。でもまあ、買うと決めたわけでもないし。別になかったら今ある服で行けばいいことだし。


「それでは、こちらの試着室をお使いください」

そうは言いつつも、スルリと足から通したそれは、スッと身体に馴染んだ。ファスナーをあげるのに少し手間取ったけれど、綺麗に背中のラインも出る

「(成宮は、可愛いって思ってくれるかな)」

いつぞや、神谷に言われたことを思い出す。どこだったか、ファッションビルのキャッチコピー。”試着室で思い出したら、それは本気の恋だ”という言葉。あの時神谷に指摘された時は流してしまったけれど、今、はっきり分かっている。私は成宮のことが好きだ。だから、可愛いと思ってもらいたい。

一回転して鏡を確認して、扉を開ける。展示のスカートをたたみ直していた店員さんが、気付いてこちらに歩いてきてくれる。

「わあ!とてもお似合いです!」

営業トークかもしれない。ニュース番組に出るのは派手すぎると思う。今ある服と合わせるのも難しい。

だけど、ピンと来てしまった。靴はもう決めている。これで、このカナリアイエローで成宮と会いたい。

「あの、これ買います」

結局買うという手のひら返しをした私だけど、店員さんは優しく笑いかけてくれた。

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