小説 | ナノ


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「デートが撮られなきゃ付き合おうって?」
「そ」

かのえさんの部屋から出てきたままの足で、この間と同じ店へ向かう。この間っていうのは、2年前のクリスマス――俺がバカやった時に、一也から話を聞くため呼び出した料亭だ。

「なんだ、まだ付き合ってないのか」
「……誰のせいだと思ってんの」
「俺?」
「一也以外にいないよね!?」

俺の馴染みの店だっていうのに、一也からの連絡を受けていってみれば、こいつは我が物顔で個室にいた。呼び出しの理由は簡単、どうなったか聞きたいっていう野次馬根性だ。

「言い出したのは俺じゃねえよ」
「は?」
「うちのエース様」

だけど、一也はしれっとした顔でそういった。

「……かのえさんにチョッカイ出していたアイツか」
「そ。女子アナ大好きなアイツ」
「よくそんなやつにバラしたね……?」

いくら何でも、あいつに昨日のこと喋るのは駄目だろ。確かに今の一也はアイツの女房なのかもしれないけど、そこはしっかり区切らないと。そう思って文句をいえば、逆に一也はジトリとした目で俺を見る。

「誰かさんから”31日のチケット用意して”なんて頼まれて、色んな人に手まわしてもらっていたうちにな」

悪意を含んだ言い方でボヤいてくる。確かに試合日程が決まってから、すぐ一也に頼んだ。

「別に招待チケットくらいさあ」
「敵側のチケットの取り方なんて知らねえよ」
「……」
「こっち側ならこっそり手配できたのに、鳴が自分側じゃないとって言ってきたんだろ」
「……それは、そうだけどさ」

言われて、そうかと納得してしまう。結構色んな人を試合に呼ぶ俺ですらビジター側のチケットの取り方なんて知らない。そう考えると、一也は随分と頑張ってかのえさんのチケットを準備してくれた気がしてきた。

「……まあ、打たれて負けて、かっこ悪い姿みたらかのえ先輩の気持ち揺れないかなーって思ったのは俺も一緒だけど」

なんて少しだけ反省していれば、一也は本音をこぼした。やっぱりそういう考えもあったのか。こっちが睨めば、かるーい謝罪をされる。

「本っ当性格ひん曲がっているね!?」
「悪かったって」
「悪かったと思っているなら何とかしてよ!」
「そうだな」
「……は?」

バンと机を叩いて無茶ぶりすれば、なぜか一也はすんなりと頷いてよく分からない肉を摘まみ始めた。何とかって、できるわけないじゃん。

「俺が言っておいて何だけど、一也に何ができるっていうのさ」
「お忍びデートの協力?」
「……意味わかんないんだけど」

今更何を協力することがあるんだ。これ以上一也にできることは何もない。むしろ、俺自身ですらどうすればいいのか分かっていないのに。なんて考えていれば、一也はポチポチとケータイを操作し始める。

「そのデートっていつ?」
「……とりあえず、甲子園期間中以外で」
「なら来週日曜がちょうどいいな」
「甲子園前日じゃん」
「だから、まさか鳴と出かけるなんて思わないだろ」
「それはそうだけど」

確かに、そんなタイミングで俺たちが会うなんて、思う記者はいないかもしれない。だけどしつこいヤツはそれでも来る。一也なんかよりよっぽどそれを知っている俺は、一也が何を考えているのか全然分からなかった。首を傾げる俺に、それでも一也はしたり顔を向けてくる。

「一也、一体何するつもりさ」
「撮られなきゃいいってことは、記者がいかなきゃいいんだろ?」
「そうできるならそうするよね」

そんな当然のこと、なんで確認してくるんだ。イライラしながら箸をおいて、一也が誰へ連絡しようとしているのか覗き込んでやろうと思ったけど、長い腕に逃げられる。


「散々撮られてきた鳴と、かのえさんとのガセネタしかなかった俺」


交互に指をさしながら、楽し気に説明を始める一也。こいつ、まさか。


「週刊誌はどっちを追うと思う?」
「……は?」


もしや、という考えが頭をよぎる。でもそこまでするなんて。そう思っていたのに、俺の考えに沿うような名前が次々と出てきた。

「一也、お前なに考えて、」
「あとは降谷と沢村にも声かけとくか」
「……マジで何するつもり?」

もう一度聞けば、一也はいつものような、あくどい笑顔をみせた。


「かのえさんのために、協力してやるって言っているんだよ」


***


――プルルルルッ


『もしもしかのえさん?』

こちらの返答を待たずに、電話口から私を呼ぶ声がする。

「成宮?」
『今度の日曜日、時間ある?』
「日曜日って、」

翌日から甲子園球場に入り浸る予定だ。当然成宮も知っているはず。

「悪いけど、日曜は夜から兵庫に」
『俺も行くから』
「うん?」

『甲子園終わるまで待てないし』

『かのえさんの都合いい時間に合わせるから、』


『8月8日、俺とデートしてください』

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