小説 | ナノ


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「で?」
「どしたのかのえさん」
「成宮は何しにきたの」

そう、今日は早朝から成宮は私のマンションへやってきていた。案の定連絡先データが飛んだと言っていたので、あの試合終わりに、私から連絡を入れ、深夜に返信がきて、何だかんだで今にいたる。

「それはその、うん、あれだよ」
「……」

黙る成宮から、視線をローテーブルに向ける。ガラスの天板の下には、昨日届いたスポーツ新聞。掘り返すのもどうだが、平然とスルーされるのはちょっと癪だ。

「……いや、やっぱりここぞってタイミングが、」
「あの日で駄目だったなら、そのタイミングはいつやってくるのかしら」

そもそも、成宮のケータイデータが飛んだせいで結局私から連絡するハメになったのもどうなんだ。

結局あの日成宮は、私にはっきりとした言葉はくれなかった。代わりに――


【サヨナラ被弾の成宮号泣!「次会った時に伝えるから!」】


8月1日のスポーツ誌の見出しは、私の希望通りに「端的で分かりやすい」言葉をくれた、半泣き状態の成宮だった。サヨナラホームランを打ったのは御幸なのに、なんだかちょっと可哀想。

「でも勝っていたら向こうのチームから大ブーイングだったでしょうよ」
「別にあの場で言うつもりなかったし!」
「そうなの?」
「言っておくけど、カメラとかマイクとか、全部一也がやったことだから!」

薄々感じてはいたが、やはり御幸だったのか。いまだに彼の考えることは分からなかったが、まあ今回のことは嫌がらせ半分、後押し半分ってところだろう。

「じゃあ、どうするつもりだったの」

まるで、告白をせっついているようだ。……まるでじゃなくて、その通りなんだけど。

しかし、これだけ言っても成宮はまだ形式にこだわっているのか、黙り込んだままだ。別になんだっていいのに。小さくため息をついて、空になったカップを持って、紅茶を注ぎに立ち上がる。成宮のグラスをみれば、こちらも麦茶が空になっていた。

ついでだし淹れてあげようと、そのカップに手を伸ばせば、ふいに手首を掴まれる。

「――かのえさん、あのさ」

そのままストンと、ソファに座らされる。代わりに成宮は立ち上がる、かと思えば、フローリングに片膝をついた。まるで、去年のクリスマスイブのように。

だけど。成宮の手はそこで止まる。私の両手を握ったまま。


「俺、本当は今日、告白するつもりだった」


過去形なことに、引っかかりを感じる。まさかこのタイミングでそんな前振りが来ると思わなかった私は、なんと返事していいのか分からなくなってしまった。

「……”だった”?」
「俺の中で、決めていたことがあったんだ」

私がソファに、成宮が床に膝をついたまま会話が進む。

「俺は野球できればいいから、周りに何言われようが関係ないって思っている」

でしょうね、と相づちを入れようかと思ったけれど、そのまま聞く。


「だけど……かのえさんはそうじゃないんだよね」


成宮の言いたいことが分からなくて、ひとつひとつの答えを咀嚼しながら彼の話に耳を傾ける。

「2年前のクリスマスのことがあってから、かのえさんの仕事に迷惑かかることはしたくないって、ずっと思っていた」

真剣にそう言ってくる成宮の表情が、私の心に刺さる。そうか、つまり成宮はこんな記事が載った翌日では、私が安心できないと思って、「今日は言えない」と考えてくれているのか。

(……会えればいいなんて、浮かれていた自分が情けない)

だから去年のクリスマス前に成宮は、「チームメイトにバレてしまった」とあんなにも落ち込んでいた。少しずつ、成宮の行動がつながっていく。

「だけど結局去年のクリスマスも載っちゃうし、一也のバカがあんなことしちゃうし」

御幸の名前を出す時に、ちょっとだけ眉間にしわがよる。どちらかといえば、打たれたことに対する怒りが大きい気もするけれど、そこは触れないでいてあげよう。

「今日だって、特別にってチームが手回してくれなきゃ絶対バレていたし」

そう、今日ここまでやってきたのは、どうやらチームメイトの協力あってのこそだったらしい。成宮を張っている記者からバレないように変装して、随分大回りして到着したそうだ。

「……じゃあ、成宮は私と付き合うつもりはないってこと?」

結論、そこにたどり着いてしまう。スキャンダルがあれば、私の仕事に響く。成宮はそうしたくない。だけど、彼といれば当然のように目立ってしまう。

やっぱり、私たちは合わなかった。成宮は、それが言いたかったのだろうか。震えそうになる声を抑えて、成宮に尋ねれば、強い瞳で見上げられる。


「そうじゃない」

「かのえさんとは、絶対に付き合いたい」


まっすぐに、こちらを見つめてくる成宮。あまりに強いものだから、私は言葉を出せなくなる。


「だけど俺なら大丈夫って、隣にいて安心できるって思ってほしい」


今までの無鉄砲さはどこへいったのか、どうやら成宮はきちんと私に向き合ってくれている様子だ。もしかしたら、去年のクリスマスを通して私の気持ちが彼へ向いていることに気付いたから、その余裕ができたのかもしれない。

(成宮自身がバカやらかすとは、もう思っちゃいないんだけどな)

充分信用している。だけど、成宮がまだ納得できていないっていうなら、私にそれを否定することはできない。小さく笑って、彼の考えを受け入れる。

「じゃあ成宮はどうするの?」
「どうするって聞かれるとなー……」

「なら、ひとつ提案があるんだけど」
「提案?」

私だって成宮と付き合いたいって気持ちはある。このままうだうだとしているなんてできない。ただでさえ、前みたいに会うことはできないんだから、わがままついでに、彼の納得に協力しようではないか。


「今度、私と一緒に――」

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