小説 | ナノ


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『まさか入るとは思いませんでしたね』


テレビに映るのは、一昨日サヨナラホームランを放った御幸。
私の部屋のソファで体育座りをして顔を隠しているのは、打たれた成宮だ。

「……ま、現実なんてこんなもんよね」
「こんなもんって言わないでよ!」
「そうはいっても」
「大体!なんで一也はあそこで打つわけ!?」

いまだ悔しそうにソファでうずくまっている成宮の元まで歩いていき、慰めるように手作りのクッキーを近づけてあげる。文句を言いながらも、成宮はクッキーを手に取っていく。

「あんただって私の渾身の始球式打ったじゃない」
「あれは別!俺はあの試合にかけていたのに……っ!」

テレビでは週末の出来事として、どこのチャンネルでもこの話題が流れていた。別に御幸のホームランくらいはめずらしくない。だけど、この後の展開は――プロ野球の取材に慣れ親しんだ私にすら予想できないものだった。



***



『まさか入るとは思いませんでしたね』

球場に響き渡る、ヒーローインタビュー。こちらの観客は、残念だったと言いつつ残ったビールを飲み干したり、いそいそと帰る準備をしている。シーズン半ばの試合って、こんな雰囲気なんだな。

『――実は今日、相手さんのピッチャーが勝利宣言してきたんですよ』

しかし、御幸の発言を聞いて、みんなの様子が変わる。相手さんのピッチャー。どう考えても成宮のことだ。

『7月31日の神宮球場って、アイツと因縁あるんですよ』
『あ、最後じゃなくて、俺たちが2年の時ですね』

めずらしく饒舌に喋る御幸に、それこそ御幸のチームのファンたちも食いついている気がした。私も大人しく聞き入る。


『そうです、1つ上の先輩たちの、最後の夏』


隣のおじさんが、「あ」と小さく声を出してこちらを見るも、話しかけてくる気配はない。周りの人たちも、見てはくるけど何も言ってこない。まあ、何て声をかけていいのかも分からないだろう。

正直私も御幸が何を言うつもりなのか分かっていないので、黙っているほか無かった。


『思い出話は省きますが、ともかく特別な日なんです』

『で、その特別な日にどうしても勝って、好きな人に伝えたいことがあったヤツがいるみたいなんですよねー?』


おおっと球場がどよめく。私の周囲は、特別うるさい。ケラケラと笑いながら、御幸はお立ち台から三塁側――こちら側のベンチに顔を向ける。

チームメイトから追い出されるような形でベンチから出てきた成宮は、それはもう酷い態度だった。泣くわ喚くわ、出会った時を思い出してしまうくらい、感情を露わにしている。


「もー最悪!!なんでここで打つわけ!?意味わかんないんだけど!!」


マイクを受け取らず、地声で騒ぐ成宮。何を言っているのかあまり聞こえなかったけど、多分どうしようもないことを文句言っている気がする。

こっちの球団は敵チームのヒーローインタビューも流してくれたりはするが、キレて半泣き状態のピッチャーを大画面に映すというのは初めてではないか。

呆れるべきか恥ずかしがるべきか、どういう感情が正しいのか呆れていれば、突然マイクに入った成宮の声に驚き、肩が揺れてしまう。


『だって!!高校時代のことずーっと忘れらんないって言うから!!』


誰が、というのは言わなくても分かった。私のことだ。

『俺見るたびに7月31日のこと思い出すって言われたら進展させられないじゃん!』

『だからこれからは今日のこと思い出すようにって、一生記憶に残る、最高のピッチング見せるつもりだったのにさ!!なんで打つわけ!?信じらんない!!』

『一也のバーーーーーカ!!』

バカバーカ。何度も同じ罵倒を繰り返す成宮はすごく頭が悪そうに見えたが、球場は黄色い歓声と笑い声、そして囃し立てるような指笛がそこら中から聞こえてくる。成宮のチームのファンはもとより御幸のチームのファンも、逆転ホームランで気分がいいのか、随分と温かく見守ってくれている。ほんと、敵チームの本拠地でなんてことしているんだ。


『……えー、ここでようやくスタッフの移動が終わったので、観客席からもコメントを頂きたいと思います』

騒ぐ成宮からマイクを奪わった御幸が、司会進行のように喋り始める。こんな喋るようになったんだなあと後輩の成長を感じていれば、トントンと肩を叩かれる。振り向くと――。

「糸ヶ丘アナウンサー、マイクをどうぞ」
「……は?」

いつの間にか、近くには大きなカメラと、マイクを持ったスタッフ。なぜ。どうして。こんなこと聞いていない。そう思ってグラウンドにいる成宮の方を向き睨みつけるが、成宮も驚いた表情をして首をブンブンと横に振っている。

(……御幸のしわざか)

そんな成宮と反して、楽しそうに笑っている御幸一也。そうか、チケットを確認された時に驚かれたのは、もしかすると御幸が関わっていたのかもしれない。

とりあえず、マイクを受け取る。しかし、私はまだ何も言われていないのに、何のコメントをしろと言うんだろう。

「……えー、あの夏に叶わなかった我が後輩の勝利を見られたことに、嬉しさを感じています」

この席でいうのも何ですが。そう付け加えれば、周りは笑いながらヤジを飛ばしてくる。案外優しくて助かった。

「最後に打たれた彼に関しては……そうですね」

ひと呼吸おく。私自身が落ち着きたいのと、間を取ることで聞き取りやすくなるからだ。はっきりと口をあけて、ゆっくりと告げた。


「報道関係者といたしましては、端的に分かりやすい言葉を頂けたらなと」


私の言葉をきいて、キョトンとした成宮は、ようやくいつもの笑顔を浮かべた。御幸からマイクを奪って、思いっきり息を吸って勢い任せに返事をくれる。


『糸ヶ丘かのえさん! 次会った時に――!』

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