小説 | ナノ


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7月末日、天候が悪化する前になんとかロケは終えられた。私は東京へ戻るべく、空港ロビーで手持ち荷物を見る。中にあるのは、今日の試合のチケット。

とはいえ、成宮の本拠地ではない。御幸のチームの本拠地――神宮球場でのチケットだ。



マネージャーから連絡が入った日、一緒にいた青道野球部メンバーに送られてきたチケットの画像を見せながら、私は成宮の意図をはかりかねていた。

「なんで神宮球場なんだろう……普通自分のチームの本拠地じゃない?」

「……成宮もやってくれるな」
「ほんと、昔からナマイキだよね」

「どういうこと?」

小湊と結城はすぐに分かったようで、眉間に皺を寄せていた。私が成宮の考えが分からず首を傾げていると、貴子が眉をさげて笑いながら教えてくれる。

「かのえ、日付と場所を、もう一度考えて」





(――最後の夏、7月31日だったんだ)

高校野球の特番を担当してから、各地方予選を追い続けていたせいで、自分たちの夏の終わりが何日なのか考えている余裕もなかった。


7月31日の、神宮球場。


試合時間こそ違うとはいえ、意識し始めると何とも言えない気持ちになる。でも、私との思い出を全部書き換えるって言ってくれたから、多分、これもそのうちの1つなんだろうな。

(――これから1つずつ、俺との思い出に変えていってほしい)

そんなやり取りをしたのも、もう随分前に感じる。たった1年半ほど前なだけなのに、ここ半年は、めっきり成宮に会っていないから。

「それにしても、騒がしいわね」

ぼんやりとチケットを眺めていたら、空港に放送が流れ始める。顔をあげると、なんだか外が暗い。まだ日の落ちる時間でもないのに、そう思っていたら、残酷なアナウンスが流れる。



***


「成宮、そんなケータイ見てどうしたんだよ」
「……飛行機が飛ばない」
「は?」

キャッチャーの先輩に声をかけられた、もうすぐ試合が始まる。新しく買ってもらったケータイを握りしめて、項垂れていた。ベンチにケータイを持っていけないから、今の間に必死になって航空会社の新着ニュースを見る。何度更新しても、表示は変わらない。

新千歳からの便、欠航。

「嘘だろなんで今日に限って……!!」
「飛行機?成宮旅行するのか?」
「意味わかんなくない!?なんで台風きてんの!?」
「夏だからしゃーないだろ」
「夏だから野球するんじゃん!バーカ!」
「えぇ……? なんで俺罵られてんだ……?」

先輩の襟を掴んで揺さぶっていたら、周りのチームメイトに止められた。冗談じゃない、何のために色々手を回して、今日のチケットを手配してもらったと思っているんだ。

「北海道といえば、成宮の元女房、今日もすごかったみたいだな」
「は?雅さんのこととかマジで今はどうでもいいんだけど」

丁度先月の交流戦で負けを食わされたばかりだ。思い出すと腹が立ってくる。ケータイのデータが飛んじゃったから一応連絡先も聞いたけど、何ひとつ送っていない。

「お互い0−0からの9回裏でサヨナラホームランだってよ」
「あーはいはい、さっさと試合終わらせて流石デスネー……あ、」

そういえば、雅さんって今日どこで試合だっけ。

「……ねえ!日ハムって今日どこで試合!?」
「は?ライバル視してもリーグ違うんだから、」
「うっさいな!現女房だったらすぐに答えて!」

もしも関東にいるんだったら。そう考えた俺は、希望通りの場所で雅さんが試合をしていたことにガッツボーズをし、一方的にメールを入れて、ケータイをロッカーに投げ入れた。

もうあとは、かのえさんの乗る飛行機と、雅さんを信じるしかない。

閉めたロッカーに額を当て、目をつぶる。頼むから、今日だけはかのえさんに観に来てほしいんだ。


「おーい、成宮さーん? そろそろ試合行きますよー?」
「すぐ行く!今日絶対勝つから!」
「お、おう……?」

観に来てもらっても、俺が勝たなきゃ意味がない。かのえさんの記憶にガッツリ残る1日にしなきゃいけないんだから。先を歩いて行ったメンバーを見ながら、もう一度自分に言い聞かせるように呟いた。


「今日は、絶対に勝つ」

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