小説 | ナノ


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「糸ヶ丘は今年も高校野球の特番するんだっけ」
「そうだよ、小湊も見てね」
「いや、特番は別に」
「なんで!?」

突発的な、青道野球部同期での飲み会。貴子が海外出張から帰ってきたので、今日はおかえり会である。メンバーは毎度の小湊と、マネージャー2人。それと、めずらしく結城がいた。

いつも少人数ならテーブル席を使っているのだが、今回はめずらしく小湊が個室を取ってくれていた。私の全国ネットでのテレビ出演が増えたので、気を遣ってくれたらしい。

「糸ヶ丘が俺よりも野球詳しいとも思えないし」
「それはそうですけど!」
「あと、選手のバックグラウンドなんて興味ない」
「……番組全否定された」
「私はちゃんと見るわよ、去年も楽しかったし」
「貴子……っ!」

小湊がそうであっても、貴子のように興味を持ってくれている視聴者も多い。だから高校野球を追う特番が今年もあるわけで。

「結城は? 結城も見てくれる?」
「いや、見ない」
「なんで!?」
「言われているからな、成宮に」
「……は?」

突然の発言に、私や貴子だけでなく、小湊まで驚いていた。なぜ、結城が成宮と。

「突然こっちの試合を観にに成宮がきてな」
「試合って……社会人野球の?」
「そうだ。俺の連絡先を知らないから来たと言っていた」

「……あ、」
「どうした糸ヶ丘、何かあったのか」
「ちなみに結城、それっていつ頃?」
「二年前だな。試合をしていたから、プロ野球のシーズン後だろう」

2年前といえば、私と成宮が再会したばかりの頃だ。

社会人野球は、球場の都合でどうしてもプロのシーズンの後となってしまう。となれば、シーズンが終わった成宮が、結城の試合を観に行った、というのは納得のいく流れではある。

しかし、私と再会したからってわざわざそんな。そう思いつつ聞いていたら、ふと、合コンと騙されて遭遇した成宮との会話を思い出した。

(……そういえば、哲さん今何してんの?)
(ん? 社会人野球で頑張っているわよ)
(へー)
(何か気になることでも?)
(いや、今何してんのかなーって)

あれは確か、私が賭けの対象にされたと告げた時のことだ。突然話がそれで、結城の現状になったので違和感を持ったのを思い出した。まさか、その後のことなのだろうか。

「……あれはそういうことか」
「かのえ、どうかした?」
「何でもないです」

また少し顔が熱くなってきたので、冷たいビールを傾ける。ああもう、なんでこんなところでも成宮の話を聞かなきゃいけないんだ。

「ちなみに哲、あいつに何て言われたの」
「糸ヶ丘のことを女としてみているかと聞かれた」
「ブフッ」

思わずビールを吹き出した私に、貴子がちょっと冷めた目を向けてくる。

「やだかのえ、汚いわよ」
「ご、ごめん貴子……」

貴子の差し出してくれたお手拭きを口にあて、結城の方を見る。いつも通りの、堅物な表情のままだ。小湊だけが囃し立ててくる。

「成宮もやるね。で、哲の返事は?」
「見ていないと言った」
「結城、ハッキリ言うわね」
「だが成宮は「今後どうなるか分からないから、なるべくテレビは見ないでほしい」と言ってきてな」
「……なんだそれ」

呆れた声を出すも、貴子も小湊も楽しそうだ。そして結城も、ちょっとだけ楽しそうにしている。

「それで、結城はここ数年の私の仕事っぷりを見てくれていないってこと?」
「そうだな」
「私がこんなに頑張っているのに?ずっと見ないの?」
「成宮が言ってきたのは、成宮が糸ヶ丘と付き合うまでと言っていた」

なんだそれ。何度も同じセリフを繰り返したくなるが、何とか飲み込んで続く結城の言葉を待った。

「つーか、まだ付き合ってないわけ?何してんの?」
「小湊は容赦なく聞くわね」
「お前がハッキリしないせいで、会社で散々探られるんだよ」
「それは何というか、すみません」

とか言いつつも、私のことを気にかけてくれているんだろう。御幸の件といい、何だかんだで世話を焼いてくれる。

「とはいっても、今は向こうからの連絡待ちでして」
「そういえば成宮くん、ケータイ壊していたわよね?」
「……海外行っていた貴子にまで知られているとは」
「動画もたくさん見かけたから」

そう、問題はそこだ。

そもそも成宮はケータイを叩き壊していた。データは無事かもしれないからと拾ったケータイは持たせたのだが、あれ以来会っていないので連絡先データが残っていたのかどうかも分からない。隣同士住んでいるわけじゃないから、もう連絡取り合うなんてそれしかないのに。

「ケータイが壊れていて、成宮と連絡が取れるのか?」
「データも壊れていたら取れないわね」
「なら、俺の時みたいに直接来るのか」
「……やりかねない」


――プルルルルッ


「あ、マネージャーだ」

そうこう話していると、私のケータイが震えた。表示を見ると、事務所のマネージャー。仕事の話ならみんなの前で聞けないけど、表に出るのも目立って良くない。

「仕事の電話かどうか、内容だけここで聞けば?」
「ごめん小湊、そうする」

小湊に提案され、ありがたくそのまま電話に出た。聞こえてくるマネージャーの声色は、随分と楽しそうだ。

「もしもし糸ヶ丘です……ええ、少しなら」

「……はい、7月末の土曜日は北海道ロケの後なら特に予定も……え?」

「ええ……分かりました、失礼します」


ピッと通話を切ると、興味津々に3人がこちらを見る。仕事の話じゃなかったので、伝えても問題ない。だけど、せっかく私の話題がひと段落しそうだったのに、また掘り返すのも、なんだかなあ。

「かのえ、仕事の話?」
「ううん」
「なら何の話だったの?」

小湊じゃなくて、貴子が聞いてくる。貴子に聞かれたら私も意地をはれないって、みんな分かっているからだ。

照れているのを悟られないように無表情で頑張りながら、先ほどのマネージャーから伝えられたことを、口にする。


「……成宮から、7月31日の観戦チケットが届きました」

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