小説 | ナノ


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「……あ、」

壊れたケータイを持って、いつも通り試合へ向かう。向かっている時に、ようやく気付いた。


「ねえ!御幸一也の連絡先知っている人いない!?」

ロッカーに入るなりそう叫べば、ちらほらと「知らねえ」という返事が来た。無視したやつらへ個々に聞いていくも、どうやら俺のチームの1軍には、一也と仲良いやつは俺以外いなかった。

「つーか成宮は知らなかったのか?」
「ケータイ壊れた!」
「壊したんだろ」

この間のこと、みんな知っているっぽい。またネットにでも上がっていたんだろうな。こういうことにも慣れてきたし、むしろ今は説明がハブけて助かる。

「ともかく、データとんで困ってんの」
「まずチームメイトの連絡先聞くべきじゃね?」
「ケータイ新しくしたら聞くってば」

あちらこちらから文句は聞こえてくるものの、一也の連絡先を知っている人間は出てこない。

「御幸は知らねえけど、沢村なら分かるぞ」
「じゃあ沢村に「一也へ伝言入れろ」って連絡して」
「なんて入れる?」

あんまり詳しく伝えたら、他のやつに何か疑われる。俺と一也だけが分かる場所。ちょっとだけ考えて、思いついた言葉を綴った。


「”明日21時に前の店”!」


***



「一也おっそーい」
「……お前なあ」

一昨年のクリスマスに会った店で、一也を待つ。登板もなかった俺は先に店へついて、テキトーに注文して食べたい物をつついていた。

「ケータイ壊したんだって?」
「壊れたんだよ、軟弱なケータイが」
「鳴の投球力に耐えるケータイなんてねえよ」

そう言いながら、一也は俺の正面の座布団に座る。前と同じ部屋を取ってもらったけど、一也は前ほど厳しい表情はしていなかった。

「で、俺に何か?」

面倒くさそうな顔はしているけど。

「かのえさんに連絡取って」
「やだ」
「はあ!?」

ズズッ……と茶をすすりながら、一也は俺を見る。なんでこいつ、今即答で断ったんだ。

「話聞いてた?」
「聞いてた、かのえ先輩の連絡先も消えたんだな」
「そういうこと!だから、」
「俺が協力してやる義理はないだろ」
「……はああ!?」

淡々と料理を食べ進めようとする一也から箸を奪って、無理やりこちらを向かせる。

「鳴、飯食いたいだけど」
「よくこの状況で食えるよね!?」
「むしろ美味そうな飯を目の前に待てはないって」
「一也の返事がそもそもないんだけど!」
「鳴」

ピシャリと俺の名前を呼ぶ。

「頼みごとがあるんじゃないっけ」

わざとらしい笑顔を浮かべる一也。その表情をみて、俺は言葉を詰まらせる。一也は何も言わずに厭味ったらしい笑みを向けてくるだ。俺はしぶしぶ箸を返した。

「……食べるなら話聞いてよ」
「聞くだけな」

そういって、一也はようやく並んだ料理に手を付け始めた。飯奢ってやるっていうのに連絡先1つも教えてくれないことに、ちょっとだけ違和感を持つ。もしかしたら、こいつ。

「ねえ一也、もしかしてさ」
「ん?」

「まだかのえさんのこと諦めてないの?」


もう吹っ切れていたんだと思っていた。だけど、この反応は明らかにそうではない。そう感じた俺は、思わずはっきり聞いてしまう。
ガツガツと卵とじの野菜を掻っ込んでいた一也の箸が止まる。俺の方を一瞬みて、茶を飲んでようやく言葉を発した。

「粘っているつもりはないけど」
「じゃあなんで俺の邪魔するのさ」
「……邪魔しているつもりもないけど」
「本気で言ってる?」

箸を置いた右手をあごに当てながら、一也は自分に言い聞かせるようにボソボソと呟く。自分でも何を考えているのか分かっていない様子の一也は、またゆるりと箸を動かし始めた。

どうやらすぐに答えが出そうもないので、俺も同じように夕飯を再開させた。

「じゃあ連絡先教えてよ」
「それはやだ」
「なんで」
「……協力するのは癪だなーって」

煮え切らない態度の続く一也をみて、ストンと俺の中に答えが落ちてきた。ああ、そうか。諦めきれていないわけじゃない。一也はきっと。


「……一也はまだ、かのえさんのことが好きなだけか」


バチッと、一也のデカイ目がこちらを見る。やべ、口に出しちゃってた。流石に喧嘩売っていると思われたかも。焦って言い訳を考えてみるけど、言葉が出ない。

でも予想外に、一也はしれっと返事をくれる。

「そりゃそうだけど」
「えっ」
「なんで鳴が驚くんだよ」
「だって、そんな簡単に認めると思わなかった」

諦めていないのかって質問には否定をしたのに、かのえさんを好きなことは肯定する。どんな気持ちなんだ。だけど、案外簡単だったようだ。


「高校生の時から好きなんだから、そう簡単に嫌いになれねえって」


そういって、一也はまた視線を飯に向けてガツガツ食べ始める。頼みたいもの頼めばいいのに、俺が注文したやつばっかり。多分、外食にそこまで興味がないんだろうな。料理するの好きっていっていたし。

「それもそうか」
「……つーかなんで鳴にこんな話しなきゃいけないんだよ」
「気にするなって、かのえさんのこと好きって気持ちはすっげー分かるし」

離ればなれになったって、連絡が取れなくなったって、どれだけ嫌われたって、諦めることはできなかった。今までも、そしてこれからも、ずっとずっと好きだ。

「それに」

まだ俺が何かいうとは思っていなかったらしい。一也はきょとんとしてこちらをみる。


「高校時代のこと引きずっているのは、一也だけじゃないし」


そういって俺は、かのえさんを思い出しながらそう伝えた。一也も誰のことを言っているのか、大体察したらしい。呆れたようにため息をついて言葉を返してくれた。

「ったく、鳴はよくも俺に相談してきたよな」
「だってー、かのえさんと一番近かったのは一也かなーって」
「俺から見れば哲さんだけど」
「哲さんは大丈夫!」
「なんだその自信」

そういって、一也はようやく小さく笑った。まだ好きだけど、気持ちにひと段落つけられたのは間違いないようだ。

「仕方ないから、連絡取ってやろうか」
「……やっぱりいいや」
「いいのか?」
「うん、向こうから連絡取りたいって思ってもらいたいし、」

考えたけど、かのえさんのケータイには俺の連絡先は残っている。だから向こうから連絡を取ってもらえたら問題ない。むしろそのくらいの存在になっていないと。それに。


「それに、もう1つやり残したことがあるから」


どっちにしろ、この”もう1つ”を片付けないと、俺は気持ちを伝えられない。そう考えていた。首を傾げる一也に、特別サービスでざっくりと内容を教えてやる。

「それなら」と納得してくれたのは、ようやく認めてもらえたようで少し嬉しかった。正直言うと、この店で怒られたの、ちょっぴし引きずっていたからね。

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