小説 | ナノ


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「じゃ、あとはお二人でごゆっくり〜!」

笑いの収まった後輩が、そっと消える。私と成宮は、改装中の個室にふたり残された。

個室、とはいってもカフェの個室だ。何とか4人かけられる程度の机に、向かい合って座る。最初に切り出したのは、成宮だった。

「……かのえさんは俺のこと、」
「信じているわよ」

キョトンとして、こちらを見る。何故この一言が待てなかったのか。

「本当に……?」
「あそこまでされて、信じないわけないでしょうに」

ため息をついて、そう告げる。本来ならばもっとこう、甘い雰囲気になるべきやりとりだと思う。だというのに私たちは、古いメニューやインテリアの押し込められた個室にお邪魔して、割れたケータイの置かれたテーブルを挟んでやりとりをしている。

「それなら早く言ってよー……!」
「成宮が聞こうとしなかったんでしょ」
「だってかのえさんが「この場でいう内容じゃない」っていうから……」
「そ、それは、あんな人多いとこじゃ、」
「信じますー!くらい言ってくれてもいいじゃん?」

木の椅子の背に体重をかけながら、だらしなく座る成宮。手持ち無沙汰なのか、テーブルに置いてある古いメニューを勝手に持ち出しながら文句を言い続けてくる。

「……それだけでいいの?」
「ん?」

てっきり、私から切り出すべき流れだと思っていた。だから、私は成宮へ告白しなきゃいけないものだと思い込んでいた。だけど。

「えっ……かのえさんも、もしかして……?」


(成宮の反応をみるに、私が告白する流れでもなかったらしい)


多分、私は間違えた。


成宮が他の女性と中途半端なまま、先の関係性には踏み出せない。そう伝えていた。そして、成宮はすべて清算してきた。つまり、いよいよ私から成宮に気持ちを告げるタイミングってことだ……と、私は思い込んでいた。

「ごめん、なんでもない」

成宮もようやくそれに気付いたのか、バタンとメニュー表を閉じて、挙動不審になる。

「も、もしかして……かのえさんから言ってくれるつもりだったの!?」
「ちっ違う!」
「違うの……?」
「……違わないけど!」

眉を下げて切なそうにする成宮の頭に、見えない耳が垂れている様子にみえてしまう。思わず素直に反応してしまえば、成宮はにんまりとした笑みに変わる。

「あ〜〜でもかのえさんから告白されるのもいいな〜〜どうしような〜〜」
「どうしようって、どういうことよ」

もう完全に両想いだとお互い分かっているのに、この茶番は必要なのだろうか。くねくねしながらニヤける成宮に、恥ずかしさから冷たく当たる。だけど、成宮の表情は緩んだままだ。


なかなか答えが出ないので、私はふと思い出した話題を無理やりねじ込んだ。

「そういえば成宮、さっきの電話はよかったの」
「さっきの?」
「壊したケータイにかかってきていた、原田からの着信」
「あ、忘れてた」

どうやらすっかり頭から抜けていたようだ。成宮の反応をみるに、無視してよいものではない気がする。

「……ま、今度試合で会うからその時に聞くよ」
「大丈夫なの?」
「大丈夫じゃなくても、連絡も取りようがないし」
「それもそうだけど」

正論を言われてしまい、私は大人しく納得してしまった。ケータイをぶっ壊した男が冷静にいうセリフではない気もするけれど、慌てたところで何もできないのは確かだ。

「ま、いざとなればチームメイトで雅さんの連絡先知っているか聞くかな」
「そうしてあげて」
「……一応聞くけど、かのえさんは雅さんと交換していたり……?」
「するわけないでしょ」

交換する理由なんて、まったくない。それを伝えれば、成宮は嬉しそうに笑った。本来ならば私が連絡先を知っていた方がよかったのだろうけれど、知らない方が嬉しいらしい。

「よかった〜雅さんが知っていたらどうしようかと」
「あ、でも」
「でも!?」

ふと、思い出した。

「北海道行ったら、向こう案内してくれるって」
「なんで!?何それナンパ!?」
「ナンパじゃないけど」

去年の年圧、ロケで回った日のことを思い出す。


(北海道にいるのにどこも行かないの?)
(家の近所と、あとは空港と球場の往復くらいだな)
(……信じられない)

(ま、空港から球場までなら案内してやるよ)


時間も場所も、なーんにも決めてない、口約束だけのやり取り。それ自体は別に伝えても問題ないのだけれど、いかんせんやり取りをしていたのが成宮とひと悶着あった時だ。

「ほら、去年のオフシーズンの時に稲実周辺回った時よ」
「……かのえさんが、雅さんには本音言った時の話ね」

そう言われると、確かにそうだ。
結城たちが勝てなかった日のことをまだ引きずっていたのを、ずっと隠していたその胸の内を、原田相手にはじめてぶちまけてしまった日のことである。

やっぱりまだ、結城たちが甲子園の土を踏む姿を思い浮かべてはしまうけど、それで泣きつくことは、もうないだろう。

(私も少しは、前に進めているのかな)

なんて、段々話がそれている事に気付く。店の迷惑も心配になってきた私が声をかけるが、成宮は腕を組んでうんうん唸っている。どうしたのかと聞けば、ようやく顔をあげた。バチッと目が合う。



「……決めた、やっぱりかのえさんは待ってて」
「はい?」
「”ここぞ”っていうタイミングで、俺から言う!」

だから待っていて。念を押すように繰り返す成宮に、私はとりあえず頷いた。


***


(結局、私はどうすればいいんだ……?)


あの日、店の裏口を使わせて頂き、平穏に店を出た。その後SNSを確認したが成宮の情報は出てこなかったので、あっちも無事出て行ったんだろう。とはいえ、成宮がケータイを叩きつけた場面はガッツリ話題にされていたんだけど。この盛り上がりが終わったら、菓子折りを持って謝りにいこう。

しかし、それ以外に私は何をしていたらいいんだろう。考えてみたのだが、結局できる事は何もない気がする。だって。


「成宮、ケータイのデータ消えていたら、どう連絡取ってくるんだろう」


唯一の連絡手段となっていたケータイ電話、彼の物は壊れてしまったのだから。

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