小説 | ナノ


▼ 86

「かのえさん」


きゃあきゃあと、聞こえてくる周囲の声はまったく耳に入ってきていない様子だ。
いつもケータイと財布しか持ち歩いているイメージのない成宮が、めずらしく大きな紙袋を持っていた。そして、それをドンと机に置く。

「な、なにこれ」

私と後輩の座っていたテラス席のテーブルに、何やら冊子のような物がドサッと広がった。

「……この人は初めて撮られた明大ミスコン。もう結婚したって記事出てた」
「……は?」
「こっちとこっちは女子アナ。俺と載ったあとで別の男と撮られてる」

そうこう言いながら、週刊誌からファッション誌まで、様々な雑誌を開けていく。かと思えば、手作りのアルバムのような物も出してきた。

「こっちは小学校から高校まで一緒だった子、マジで関わりない」
「へ、へえ?」
「この人は球団の栄養士のおばちゃん。食生活のアドバイスくれる……から、例外ね」

写真のデータじゃなくて、ちゃんと現像して持っているのが成宮らしい。昔、彼がインスタントのスープを作ってくれたことがある。球団の人に相談したと言っていたのはこの人だったのか。

そうこう考えていると、まったく見知らぬ人の紹介が続いた。小学生のころ通学班が同じだった女子や、後輩のお姉さん、コーチの奥さんなんかもいた。

(私は一体、何を聞かされているんだ……?)

頭がパンクしそうになっていると、成宮が更に何かの本を取り出した。


「あと、これ」


一番下に埋もれていた冊子を取り出す。分厚い背表紙と、しっかりとした作り。

「何それ」
「卒業アルバム」

なんでそんなものを。私が言う前に、成宮はバサバサとページをめくっていく。途中のページはすっ飛ばして、後ろの方までめくっていった。

成宮の手が止まったのは、委員会紹介のページ。

「この子、」
「例の清純派アナウンサー」
「……結構ボーイッシュだったのね」

成宮が指さすのは、その通り、清純派アナウンサーと呼ばれる彼女だった。今とは違う黒髪で、ショートカット。言われてみれば面影は残っているものの、すぐには結びつかなかった。

「俺、同じ委員会だった」

「連絡先……ていうか、電話番号はその時に教えたっぽい」

あんまり覚えてないけど。正直に言ってくれる。これだけ時間もあったんだから、別に嘘を考える時間もあっただろうに、成宮は正直に言ってくれた。


「……あれから先輩に同席してもらって、この子とちゃんと話してきた」

私が成宮に言ったセリフを思い出す。彼女とちゃんとケジメ付けるまで、私たちも先には進めないって、私が言ったんだ。

「応援してくれるのはありがたいけど、これ以上の関係にはなれないって、きちんと伝えた。向こうもキャンプで連絡先もらったような言い方して反省しているって」

まっすぐ私の方を見て、成宮ははっきりとした口調でい言う。

「だから、あの清純派アナウンサーとは金輪際何もない」

パタンと卒業アルバムを閉じて、そう告げた。


「これで、俺の女性関係は全部だよ」


まさか、私との約束を守るために、ここまでしてくれるなんて思いもしなかった。なんて返事をしていいのか分からなくなって、瞬きをして成宮を見る。だって、ここまでされてしまっては、認めるしかないじゃないか。




「あのー……店の人に個室頼んだので、ともかく移動します?」

しかし、問題は周囲の目だ。今もずっと、遠巻きに私たちの様子を見られている。どこかに移動したいけれど、どうしたらいいだろう。そう悩んでいたら、いつの間にか消えていた後輩が戻って声をかけてくれた。

「そ、そうね。それがいい」
「改装中の部屋らしいので、大人しくしててくださいね〜」

よくもまあそんな部屋を。そう思ったのだが、この人だかりを見るに店側からしたら正直どこかへ行ってほしかったのだろう。本当に申し訳ない。目の合った店員に頭を下げ、バッグを持って立ち上がれば、成宮に腕をつかまれた。


「……ちょっとかのえさん、返事は、」
「とりあえず移動しましょう」
「なんで?」
「だから、この状況じゃ流石に……」

記者らしき人はいないが、チラホラと人も増えてきた。これ以上注目されてしまう前に、どこかへ移動しないと。

だが成宮にはその気持ちが伝わっていない。店の迷惑よりも、周囲の声よりも、ともかく私からの返事しか耳に入らないようになってしまっている。

「今すぐ言ってよ」
「今この場でいう内容じゃないでしょうに」

こんな野次馬だらけの場所で、まともに話なんてできない。そういう意図だったのだが、成宮はどうやら盛大に勘違いをした。


「……っ何それ、やっぱ信じられないってこと?」
「は?」

「ずっとかのえさんが好きって、何百回も言っているのに……」
「ま、待って成宮、」

「それか、まだ信じられないってこと?ならどうしたら信じてくれるのさ!」
「そうじゃなくて、」

掴まれた腕がそのままだから、成宮が熱くなるにつれて自然と距離が近くなっていく。流石に不味いと思ったのか、後輩も成宮に対して落ち着くように声をかけている。が、まったく耳に入っていない様子だ。

その時、ちょうど成宮のケータイが鳴った。


「……成宮、ケータイ鳴ってる」
「今それどころじゃない!」
「仕事だったらどうするの」

女の子からとは思っていない。そういう意図で言ったのが伝わったのか、成宮は私の腕をようやく放し、ポケットに手を突っ込む。ブチッと着信を切って、ケータイ画面を突きつけてくる。

「……雅さんだった」
「原田なら切ってよかったの?」
「偶然じゃなくて、もう女の人とは連絡取ってない」
「そう、なんだ」

これだけ言ってくれているのだから、連絡を取っていないんだろうことは分かっていた。だから改めて言われると、どう反応していいのか困ってしまう。しかし。


「なんで分かってくれないのさ……っ」

どうやらそれも成宮の求めていた反応と違っていたのか、俯いた成宮が震える。無表情になってこちらを見ていたかと思えば、じぃっと自分のケータイを見る。そしてまたこちらを見て――

「ちょ、成宮何やって、」

ケータイを持ったまま、成宮は左腕を大きくあげた。
投げつけられる。そう思った私は目をつぶって両腕を顔の前に出した。が、何も衝撃は来ない。代わりに。


――ガシャンッ


ガラスの割れるような音が響いた。


「……は?」
「これで満足?」
「……え、いや、何やって、」
「もう誰とも連絡取らない!つーか取れませーん!」

ケータイを地面に叩きつけた成宮は、イライラした様子のまま鼻をならす。なんでそうなった。

日本球界を背負っている左腕に投げられたケータイの画面は、粉々になっていた。


「……っ馬鹿じゃないの!?」
「だってかのえさんが俺のこと信じてくれないから仕方なく、」
「誰が信じてないって言ったの!」
「え、」
「あーもう!いいからアルバムとか全部しまう!ケータイは私が拾うから!」

さっきまでの勢いはどうしたのか、私が叱るように指示すれば、成宮は素直に従った。ケータイの方は……どうやら保護カバーのおかげでガラスも飛び散っていない。爆笑している後輩が扉を開けてくれたので、私たちはようやく店内へと逃げおおせた。

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