小説 | ナノ


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「糸ヶ丘アナウンサーですか?」
「ん?」
「高校野球の番組見てました!夏も楽しみにしています!」
「あら、ありがとうございます」

平日の朝、お気に入りの喫茶店のテラス席でモーニングを摂りがてら新聞を読む。それが私のルーティンになっていた。最近ちょくちょく声をかけてもらえることが増えているので、もしかしたらどこかで話題にされているのかもしれない。そろそろお店を変えるタイミングかな。

とは思いつつも、このお気に入りのカフェに彼女を連れて来られてよかった。そう、いつも一人でいるのだが、今日はそうではない。

「糸ヶ丘さん人気者〜!やっぱり東京のレギュラーアナは違いますね〜」
「そっちだってフリーになって東京くれば変わるでしょ」
「変わりますかね〜……だって清純派アナウンサーって既にいますし」

キャラが被っちゃって困るんですよねぇ。そう言いながら、後輩はサラダをザクザク刺していく。ツッコミを入れた方がいいのだろうか。

今日は向こうに居た時大変お世話になった彼女が、フリー転向の打ち合わせをすべく東京に出てきていた。わざわざ前乗りして私との時間を作ってくれたようだ。正直、懐かれて嫌な気持ちはしない。

「あんた、自分が清純派なつもりなの?」
「糸ヶ丘さんひっどーい!」
「仮にそうであっても、あの子とあなたはタイプ違うでしょう」
「いいえ!あの清純派アナウンサーとキャラ被りまくっていますって!」
「どの辺りが?」

本気で疑問を持ってしまい、素で聞き返してしまう。私の態度にムッとしつつも、指折りして例の清純派アナウンサーと被っている点をあげてくれる。

「年下キャラでー、清純派でー、スポーツ観戦好きでー、元放送部!」
「あの子って吹奏楽部じゃなかったっけ」
「あれっ、じゃあ放送委員だったかな?」
「……放送委員」

稲実は部活の掛け持ち禁止と聞いたことがあるので、おそらく放送委員が当たりだろう。しかし、放送委員というのに、少しひっかかる。

(「ちなみに俺は高校のとき放送委員だったんだよ!お揃い!」)

そういえば、成宮も放送委員だったはずだ。それなのに彼女の存在を知らなかったのだろうか。もしかしたら、成宮が忘れているだけでその頃に何かあったのかもしれない。

なんて考えたところで、今更どうしようもなかった。私にできることは、待つことだけだ。

「ま、経験値は私の方が高いので、意地でも人気勝ち取ります」
「確かにアナウンス能力はあるものね」
「やった!あ、でも人気出ちゃうと彼が嫉妬しちゃうかな?」
「仲が良さそうで何より」

成宮に紹介してもらったベンチャー企業の社長と、順風満帆にお付き合いが続いているようだ。今回フリーアナウンサーに転向しようというのも、彼の都合に合わせて仕事を続けたいというのが大きな理由らしい。しっかりと考えていて驚いた。

「糸ヶ丘先輩こそどうなんですか?あのバカとは」
「……あんたって本当成宮のことキライよね」
「そんなことないですよ〜!でも行動が裏目にですぎて頭悪いなーとは」

それを嫌っているというのではないか。あえて突っ込まず、そのまま聞き流した。




東京に戻ってきて2カ月。いまだ、成宮からの音沙汰はない。

こちらもバタバタとしていてあっという間に過ぎた感覚はあったが、この生活に慣れてきた最近は、ふと、成宮のことを考えてしまうこともある。

「とりあえずは、向こう次第かしら」
「糸ヶ丘さんも駆け引きとかするんですね?」
「駆け引きと言うか……面と向かって言ったんだけどね」

駆け引きなんて、そんな小難しいこと私にはできない。だから真っ向勝負で告げた。成宮もそれを受け止めてくれた……と、思っている。今更慌ててもどうしようもないし、成宮を疑うつもりもない。あとは待つだけ。

「でも、糸ヶ丘アナには御幸選手だと思っていたのにな〜」
「業界の人にはそう思わせようとしていたけど」
「あ、違くて。御幸選手とくっついてほしかったなーって話です」
「何それ」

突然の話題に、何とも言えない表情になる。後輩はフォークを振りながら、楽し気に話を続けた。

「だってぇ、御幸選手って料理できるし浮いた噂ないし、優良物件ですもん」
「でもあんたは狙わなかったのね」
「スポーツマンは無し!それに私は幼馴染でも同じ部活でもないですし!」

言われて、そういえばそうだったと改めて思う。世間から見たら、やはり成宮よりも御幸の方が付き合いが深いと思われているだろう。何だかんだで成宮と週刊誌に撮られた件も、それ以降一切話題がないせいで「仲のいい友人」という枠で収まったと思われていた。

「ま、王道に行かないのもリアルでいいでしょ」
「そうですけどーやっぱり少女漫画チックに御幸選手が良かったなー……」

少女漫画チック。そう言われると、成宮との関係はまったく少女漫画的ではなかった。

再会は合コン。その後マンションでお中元の分け合いから始まり、スキャンダルで大喧嘩。まったく、ずれた付き合いだった。


「……ま、糸ヶ丘さんが幸せなのが一番ですけど」

唇を尖らせながらも、そう言ってくれる後輩。何だかんだで、私の気持ちは尊重してくれるらしい。思わず笑みがこぼれる。他愛もない話をする機会がまた戻ってきてくれるのは楽しいな。そう考えながら、私たちはモーニングを食べ進めた。



「……なんか向こうの方、騒がしくないですか?」
「ほんとね、大通り?撮影かしら」
「撮影!? 東京っぽーい!」

食後の紅茶を嗜んでいると、何だが遠くからざわめきが聞こえてきた。

東京にどれだけ憧れがあるのか、後輩は目を輝かせ始める。そういえば、彼女は生まれも育ちも大学も地方だったっけ。こういう反応を見るのは新鮮だ。

だけど、聞こえてくる歓声は、なんとなく聞いた雰囲気だった。


大通りから、一人の男性が歩いてくる。後輩が小さくその人の名前をこぼした。


その人物を追うように、隣のカフェにいる若い女性たちがケータイを構えていたり、朝食を取っていた男性が指をさして騒いだりしている。

私は、目を丸くしたまま、歩いてくる男の方を見続けた。


「――成宮?」

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