小説 | ナノ


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成宮鳴の人生で、こんな試練があっただろうか。

「すぅー……」

二人きりの部屋で、目の前には眠っている大好きな人。
お酒を飲む姿自体はじめてみたけど、まさかここまで酔っぱらうなんて。

「かのえさーん……?」

洗面所で寝転がるかのえさんの頬をぺちぺちと叩いてみるけれど、起きる気配はない。明日は確か、朝から仕事って事はなかった気がする。でも、流石にこのまま転がしておくわけにもいかない。

「……この部屋のソファ小っちゃいもんなあ」

運ぼうとしたけれど、どこに運ぶんだっていう問題も出てきた。いっそ俺の部屋?って考えたけど、かのえさんの部屋を鍵開けっ放しにできないし。うーん。色々考えたけど、「やっぱりいつもの場所のが快眠できるだろう」という結論に落ち着いた。


「かのえさん、寝室開けちゃうよー?」

絶対聞こえていないって分かっちゃいるけど、一応許可を取る。かのえさんを運ぶ前に、通りやすいよう寝室の扉を全開にした。今まで一度も足を踏み入れたことのない部屋に、少し緊張してしまう。

「落ち着け成宮鳴……雅さんの顔とか考えておこう……」

洗面所に戻り寝転がるかのえさんの横にしゃがみ込む。目を閉じ深呼吸してから、お姫様だっこする。落ち着け、落ち着くんだ成宮鳴。はだける胸元とか、絶対見ちゃ駄目だ。見たいけど、見たら多分我慢できないから。雅さんの顔とか、萎えるものを思い出せ。



「……ふう」

何とか紳士を保ってかのえさんを運び終えた。まだ感触が残っているての平を、なんとなぐグーパーする。……あー駄目だ、雅さん雅さん。

服はそのままだけど、苦しそうな恰好でもないからこのままでいいか。さて、手を出しちゃう前に帰ろう。そう思い、かのえさんの玄関のドアノブを掴んだ時に気付いた。

「……鍵、どうすればいいんだ……?」

流石に開けっ放しで行くのは危ないかな。同じマンションの人が何かするかもしれないし。ああでも、コンシェルジュの人がいるから、よっぽど不審者なんて入って来られないから大丈夫か。

そのまま帰ってしまおうかと思ったけど、ふと、先ほどみた幸せそうな顔が頭をよぎる。


(……何かあってから、後悔したくないよな)


俺が嫌われるよりも、かのえさんに何かある方がよっぽどイヤだ。

考えた俺は、すぐに自分の部屋に戻って、着替えてまたかのえさんの部屋へ急いだ。


***


「成宮ー……」

「あれ、かのえさん起き……っ!?」


一晩起きているわけにもいかないし、ソファで寝ようとしていれば、かのえさんが歩いてきた。起きたなら鍵してもらって帰ろうと思ったのだが、なぜかかのえさんは俺の腹に抱き着いてくる。

「なっ!?」
「プロがこんなとこで寝てちゃ駄目よ」
「いや戸締り!戸締りしてくれたら帰って寝るから!」
「私がソファで寝るからー……、成宮はベッド使ってー……」
「はい!?」

抱き着かれたかと思えば、そのままずるずるとソファから降ろされる。腕とか肩じゃなくて、お腹を掴んできたのはピッチャーに対するかのえさんの本能か。俺がソファから降りたのに満足して、彼女はそのままソファに寝転がった。

「……もう寝てる」

仕方がないから、ありがたくベッドを使わせてもらうことにする。そうはいっても、ついさっきまでかのえさんが寝ていたベッド。まだ温かさと、香りが残っている。

(かのえさんがいたベッドで、眠れるわけないよねー……)

頑張って眠ろうとしたけれど、目を閉じてもかのえさんの気配がしてきて駄目だった。仕方がないからアルコールの力でも借りて無理やり寝よう。起き上がって冷蔵庫を漁るために寝室から出る。


――ゴンッ


ちょうどリビングを通り過ぎようとしたところで、鈍い音がした。まさか落ちていないよな。そう思ってソファを覗きこんだ。

「……だから酔っ払いはソファで寝るなって」

やっぱり、落ちていた。だけどかのえさんはまだ寝ている。でも絶対頭打った音したよな……?そう思ってそっと彼女の髪をさぐれば、案の定こぶができていた。やっぱり俺がソファで寝た方がいいのかもしれない。でも途中で起きてこられても同じこと繰り返すだけだし、つーか今のかのえさんだとベッドからも落ちかねない。


「……あーもう!仕方ないなあ!」


もう一度、かのえさんをお姫様だっこする。この眠り姫は、なんて面倒なんだ。ベッドにそっと降ろして、俺ももぐりこむ。男もいないのに、デカイベッド買ってくれていて助かった。

(こういう時、何数えるといいんだっけ)

好きな女と同じベッドで寝るなんて、どう考えても無理だ。こんな据え膳で耐えるなんて、どうすればいいんだよ。何とかかのえさんから気を逸らすために、色んなことに意識を向けてみる。

(ひつじ……ひつじ……そういえばこの間、かのえさんにひつじっぽいって言われたな……あー駄目だ、眠れない)

定番の入眠方法を試すけど、結局思考がかのえさんに向かってしまって駄目だ。眠れないってことよりも、隣にかのえさんがいるってことの高ぶりの方がマズい。

(なんとか、なんとか萎えることを考えないと)


「雅さん……雅さんが1匹……雅さんが2匹……」


雅さんの顔を思い出しながら寝入るなんてサイテーの気分だったけど、案外これは効果があったみたいで、翌日、かのえさんに顔を叩かれるまで、俺はぐっすり眠ることに成功していた。

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