小説 | ナノ


▼ 81

「ねーーー雅さんお腹空いたーーー」
「知るかよ」

宿泊先のホテルでも、こいつのわがままは止まる気配はなかった。むしろ甲子園で投げ抜いているということで余計に図々しくなっている。

「和室だと和菓子食べたくならない?」
「なんねえな」
「もー雅さん情緒がない!」
「和菓子食いたくなる情緒って何だよ」

まともに返事するのも面倒になってきたが、きっちり爪に補強剤を塗っているところだからさっさと寝ろとも言えない。つっても、和菓子なんざ持っちゃいねえ。

ああ、そういえば。

「おら、これ食ってろ」
「? 何その紙袋」
「さっき差し入れだってもらった、御座候だとよ」
「ござそーろー?」

左手はまだ爪が渇いていないから、器用に右手だけで紙袋を漁る鳴。

「今川焼きじゃん!」
「そう呼ぶもんなのか」
「高校の裏手にもあるでしょ、雅さんガッツリ系の食べ物しか興味ないよね」

薄い包み紙を回し見ながら、1つ1つ出していく。何やってんだ。

「全部食うつもりか」
「ちーがーうー、カスタードがいいの!お、あった」

どうやら包み紙に貼られたシールを確認していたようだ。流石に開けるのは右手だけじゃ難しいらしい。仕方ないから封をあけて渡してやる。

「雅さんも食べるんだ?」
「残しておいても悪いだろ」
「それもそうだね」
「つーか、和菓子食いたかったのにカスタード食うのかよ」

俺から受け取った御座候を、満足そうに頬張る鳴。和菓子食いたいっていうなら餡子食えよ。

「餡子も好きだったんだけど、昔好きだった人に”カスタードが美味しい”って言われて、それで食べてみたらハマっちゃってさ〜」
「へえ」
「あ、もしかして俺の好きな人、気になっちゃう?」
「微塵もねえな」
「かのえちゃんだよ、糸ヶ丘かのえちゃん!」

俺の返事を丸っきり無視して喋り始める。もう壁と喋っておけばいいんじゃねえか、こいつは。

「糸ヶ丘……ああ、糸ヶ丘の妹か」
「雅さん知っているんだ?」
「青道のマネージャーやってんだろ、前に喋った」
「喋った!?」
「喋るだろ、練習試合組んでいるんだから」
「はー!?練習試合中に他校の女子ナンパするの!?雅さんサイテー!!」

ナンパなんざしてねえが、ともかく、俺が糸ヶ丘と喋ったことが気にくわないらしい。そんなレベルでも嫉妬するくらいなら、青道にいけばよかっただろうが。

「糸ヶ丘と喋りたいなら青道考えなかったのか?」
「それとこれとは別件じゃん、稲実のが設備いいし練習も合っているし」
「そこは分別ついてんだな」
「トーゼン!それに、かのえちゃんそういうの嫌がりそうだもん」

頭ん中が女でいっぱいなのかと思ったが、別にそういうわけでもないらしい。だけど、嫉妬だけは立派にする。コイツは糸ヶ丘のことをどう思ってんだ。

「糸ヶ丘と仲よかったんだな」
「んー……中学1年以来ほぼ喋ってない」
「は?」
「だって、小中高と学校違うしシニアチーム別だし」
「お前、今好きな女って言わなかったか?」
「でも好きだよ? 今だって会えないわけじゃないからね」

そういって、指についたカスタードを舐めている。満足したのか、今更「どーも」なんて礼を言ってきた。遅ぇ。渡した時に言え。

「多分ね、かのえちゃんは同じ部活のヤツと付き合ったりしないよ」
「よく言い切れるな」
「他所で彼氏作る余裕もなさそうだし」
「お前は青道の練習でも見に行ってんのか?」
「一也に聞いてるー」

まるで私生活を覗き見ているような口ぶりに、少し気持ち悪いなとすら思った。が、聞いてみたら向こうのヤツに聞いているらしい。それはそれで気持ち悪いなコイツ。


「でもやっぱり、会えないのは寂しいよねー……」


今だって、こっちでマネージャーしていたら一緒にいられたのに。ようやく渇いた左手の爪を、カチカチならしながら鳴はそうぼやく。

「カスタード美味しいってのも、前の練習試合の時に聞いてさ」
「お前……どこに消えたかと思ったら」
「普通に喋れて嬉しいってのもあったけど、かのえさんの好きな物が、俺の好きな物になっていくの、すっげー嬉しいんだよね」

ごろんと寝転がった鳴は、まだ糸ヶ丘の話を続ける。


「俺の好きな物が、かのえさんの好きな物になればいいのになあ」


他校のマネージャーに、よくもまあここまで入れ込める。小学生の時に惚れた女に、今も片思いしているようなヤツだとは思わなかったので、そこは素直に感心した。

「鳴の好きな物って何なんだ」
「えーっとね、野球とかのえさん」
「糸ヶ丘が糸ヶ丘を好きだったら、ただのナルシストじゃねえか」
「そういうかのえさんもいいかも」

糸ヶ丘のことは全然知らねえが、多分「ナルシストだとしてもいい」なんて言われているなんて知ったら、流石に怒ってくるんじゃねえか。なんて心配をしていたが、よっぽどの偶然が合わない限り、こいつは糸ヶ丘と会うこともないんだろうな。そう考えたら可哀想に思えてきて、そこにあった鳴の頭をぐりぐり撫でてやった。

prev / next

[ back to top ]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -