小説 | ナノ


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「っはーーー本当信じられない」

入部して早々ピッチングを認められたってのに鳴は、まだ何か不満があるらしい。鳴に誘われて稲実へ来た俺は、足こそ認められてもまだレギュラーには入れないってのに。

「まじで、ほんと、信じられない」

食べ終わった食器も片付けないまま、食堂の机に突っ伏した。鳴の隣にいる白河がガン無視しているから、俺が返事をするほかなさそうだ。

「なんだよ鳴、突然」
「女子マネ、なんで青道にいるのさ」
「知るかよ」
「カルロは思わないの!?なんで稲実にいないのかって!」
「まあ俺だってマネージャーがいてくれたらなーとは思うけど」

ここの野球部はマネージャーがいないから、1年で雑用を回さなくちゃいけない。分かってはいたけど、実際寮に住んでみたら思ったよりも仕事が多かったし、何より練習がきつくてしんどい。マネージャーがいればなあと思うこともある。

「つっても、鳴はレギュラーだから雑用免除だろ」
「は?雑用やりたくないって話じゃないんだけど」
「? 鳴ってそんな女好きだっけ」
「女なら誰でもいいみたいな言い方すんな!」
「全然わかんねえ」

まだ食べ終えていない白河に視線で助けを求めるが、ずっと咀嚼しているだけで一向に返事をしない。というか、こっちすら見ない。話聞いてねえな。

「カルロは江戸川シニアの糸ヶ丘って覚えてる?」
「あ?……あー、地方の名門校行った人か」
「そう! そんで、その人の妹がめっっっっっっちゃ可愛いの!」
「……何の話だ?」
「で!青道のマネージャーしているんだよ!」
「ああ、ようやく分かったわ」

”女子マネージャー”がほしいんじゃなくて、その”糸ヶ丘の妹”が近くにいてほしいってことか。つーか江戸川シニアって、御幸のとこじゃん。

「御幸を追いかけて〜ってやつ?」
「かのえちゃんは年上だよ」
「なら御幸がそのかのえちゃん追いかけて、お前振って青道か?」
「……っ!?」
「考えたことなかったのかよ」

突然焦る表情を見せる鳴。わなわなと震えていたが、突然ハッとした顔をして、いつもの鳴に戻った。

「……あっ、でも一也一年の時には青道って決めていたから違うはず」
「そんな前からだったんだな」
「早いよね〜俺も結構前から稲実って決めていたけど」
「そのかのえちゃんって人は、」
「馴れ馴れしく呼ばないで!」
「……かのえさんは、なんで青道なんだろうな」
「は?」

素直に出てきた疑問をぶつければ、鳴から抜けた声がもれた。そんだけ長く片想いしているくらいなら、青道選んだ理由くらい知っておけよ。

「女子マネ取っているとこ、少ないからじゃない?」
「家は江戸川通えるとこなら、青道遠くないか?他にも選択肢あるだろ」
「……確かに」


俺に指摘されて、今更気付いたそうだ。

そのかのえさんの家がどこかなんて知らないけれど、江戸川シニアにお兄さんがいたってことは、青道は遠いはず。そこまでしてわざわざマネージャーをするのかっていう疑問は、普通に沸いてくる。

「……」

突然黙り込んでしまった鳴は、俺と喋っていたことなんてさっぱり無視して、ケータイを手に取った。


――プルルルルッ

「あ、一也?」

電話をかけた先は、案の定青道だった。

「久しぶりー、つっても一也に用事ないけど。わー切るな切るな!かのえちゃんって近くに居ない?……は?なんで一緒にいるわけ?」

どうやらその”かのえさん”と喋りたかったらしい。会話から察するに、御幸のすぐ傍にいたようだ。ちょうど良かったじゃん、と思ったら、それはそれでキレ始める。理不尽すぎるだろ。

「ねーーーかのえちゃんと変わってよーーー!!かーずやーー!!」

面倒なことを言い出した鳴だけど、電話口の相手もなかなかに面倒な性格をしているから、くだらないやり取りがずっと続いていた。もう放って先に部屋へ戻ろう。そう思って立ち上がったタイミングで、鳴の声色が変わった。


「かのえちゃん!」

名前を呼ぶ声は、明らかに今まで聞いたことのない色をしていた。

「久しぶり〜!元気だった?そっちはどう?うんうん……へ〜!」

めずらしく人の話を聞いている様子の鳴に、ちょっと驚く。白河も同じように思ったみたいで、箸を止めて鳴を見ていた。

「そう!かのえちゃんの家ってどこ?……押しかけたりしないって!」

ようやく本題に入った。向こうは随分怪しんでいる様子だ。そりゃ当然だけどな。

「なーんだよかった〜!……ううん、こっちの話!じゃあまたね!」

向こうが通話終了するまで待っていたのか、鳴は喋り終えてからも随分長くケータイを耳に当てていた。

「カールロ!聞いて!」
「どした」
「かのえちゃん、家が青道から近いんだって!」

嬉しそうに報告してくる鳴。こいつは喜怒哀楽が激しいから表情がコロッコロ変わるけど、こんな分かりやすい笑顔は初めて見た気がする。

「そうなんだ?」
「江戸川シニアには電車で頑張って通っていたんだって!」
「まあ電車なら行けないこともないか」
「あーよかった〜……」

安心して背もたれにくたりともたれかかる。


(なんつーか、本当に恋してんだな)


それでも女よりも自分のやりたい野球を選んで稲実に来たこと考えたら、なんだか応援したくなってきた。

ガシガシと鳴の頭を乱暴に掻きまわしてやれば、「何!?」と大きな声で反抗された。うんうん、頑張れよ坊や。

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