小説 | ナノ


▼ 79

「かのえちゃーん!」
「あー……(誰だっけ)」
「成宮鳴!」
「そう、成宮」

私も中学生2年生になり、勉強に部活に励んでいた。東京でも友達がたくさんできて、彼の言うとおり、無事に馴染めてきたと思っていた頃のこと。

「試合観に来るの久しぶりじゃん!なんで来ないの?」
「中学生は忙しいの」
「俺ももう中学生だし!」
「あ、そっか」

そういえば、ひとつ下だっけな。つい数カ月前に進学したばかりなのに、もうシニアチームにも入っているんだ。すこし驚いた。

「で、今日は何しに?俺に会うため?」
「家帰ってきてるお兄ちゃんが後輩観に行くっていうから、着いてきたの」
「普通に流された」

成宮の発言をサッパリ無視して、聞かれた質問にだけ答える。


「かのえちゃんは最後まで見ていく?」
「うーん、どうしようかな。お昼は近所のラーメン屋行くつもり」
「ならせっかくだし見て行けば?」
「んー……食べ終わってから気が向いたらね」

お兄ちゃんは一緒にいてくれるかと思ったのに、知り合いがいるみたいで既に私は放置されている。だからお昼だけ食べたらさっさと帰るつもりだった。だけど、そう聞かれたらなぜか「せっかくだし」という気持ちになってしまう。わざわざ電車乗って来たんだから、何かしていかないと勿体ないよね。うん。

「俺の投げるとこ、見ていってよ」
「投げるの?」
「分かんない!でも出られるかも!」

嬉しそうにしている様子をみると、じゃあ見て行ってあげようかなと思えてくる。試合はそこまで遅くならないはずだ。どうせお昼はお兄ちゃんと食べるんだから、わざわざ先に帰らなくてもいいかな。そう思った私は、結局最後まで居座ることにした。

――しかし。

この日、成宮は試合に出ることはなかった。


***


「あれ? 成宮まだいる」
「……うげ、」


試合が終わったけれどお兄ちゃんがまだ喋りこんでいるせいで、本格的にすることがなくなった。仕方なくグラウンドが見える範囲で近所をふらふらしていれば、成宮と出くわす。

「何してるの、チームで帰らないの?」
「俺は母さんが直接迎えに来てくれるから」
「そうなんだ」

そういえば、結局試合には出ていなかったなあ。そりゃあ入ってすぐなんだから当然だろう。私としてはそういう感覚だったけれど、成宮はそうじゃなかったらしい。


「……なんか成宮、機嫌悪い?」
「そりゃあそうでしょ」

あからさまに不機嫌な成宮。迎えを待っているのにグラウンドを離れたのは、不機嫌を周りに知られたくなかったからっていうのもあるのかもしれない。

「試合、出るつもりだったのに」
「(ああ、それか)」

出会ってしまった手前、そのまま去るわけにもいかない。ここで何かを上手く喋ってすぐに「じゃあね」という流れへ自然に持っていけるほどの会話能力は、今の私にはなかった。

(……気まずいなあ)

正直、大して交流があったわけでもない年下の男子と一緒にいるってだけで気まずいのだけれど、相手が不機嫌そうだとより一層だ。どうしたらいいのか分からないまま隣を歩いていれば、視界にふわっと黄色がうつる。


「あ、ヒマワリ」

まだ咲き切っていない、背の低いヒマワリが並ぶ。私の言葉に反応して、成宮も足を止めた。

「もう咲き始めているんだ、夏だね」
「ヒマワリ?ちっちゃくない?」
「このタイプはこのくらいの高さにしかならないよ」
「へー」

私の説明を受けて、成宮が民家の前にしゃがみ込む。ひらけた庭からは、手入れされた植物がいくつもみえた。

「成宮って、ヒマワリっぽいよね」
「は?」
「頭黄色いし」
「もうちょっと言い方ないの!?」

見てくれと、あとはパッと明るいイメージが似ていると思った。だけどそれを伝えるのは何となく恥ずかしくて、見た目だけを言ってしまう。見た目が似ているって思ったのもあるけど。

「誕生日も夏だよね、あれ、春だっけ」
「……俺冬生まれだけど」
「えっ5月じゃないの?」
「も〜それ散々言われてきた〜」
「ご、ごめん」

メイ、と言っていたので、てっきり5月が誕生日だと思っていた。成宮はげんなりした顔をする。よっぽど飽きた質問だったようだ。

「でも夏っぽいのに、冬なんだね」
「夏っぽい?」
「うん、太陽とか似合う」
「……そうかな?」

私の言葉を受けて、また表情をかえる。


(あ、笑った)


なんとなく口にした言葉だったけど、成宮は褒め言葉としてキャッチしてくれたみたいだ。ようやく機嫌を直してくれたようで、こっちもひと息つく。


「おーい!かのえ!」
「あ、」

何も言わずにグラウンドを離れていたんだった。遠くでお兄ちゃんが呼んでいる。

「じゃ、そろそろ行くね」

しゃがんだままの成宮に、そう声をかける。学区も違うし、もしかしたらもう会う事もないかもしれない。そう思うと、ちょっとだけ名残惜しい。

成宮がようやく立ち上がったのを見て、手を振って背を向ける。小走りでお兄ちゃんの方へ向かおうとした――



「……っねえ!」


成宮が大きな声で、私を呼ぶ。


「夏になったら、また思い出して!」


これまた図々しいお願いだ。毎年成宮のことを思い出せというのだろうか。


「覚えているかなあ」
「俺だけヒマワリみてかのえちゃん思い出すの、フェアじゃないじゃん!」
「なら成宮も忘れてくれていいよー」

ヒマワリを見たら私を思い出すのは決定事項なんだろうか。確かに、花は毎年咲く。ヒマワリなんて、そこら中に咲いているというのに。届くのかどうか分からない声で、忘れるよう頼んだけど、成宮はまた怒った声色で、叫んできた。


「絶対に忘れてやんないから!!」


どこに感情の起伏があるのか分からない成宮は、またちょっと不機嫌そうにそう叫ぶ。そうこうやり取りをしていると、軽く頭を叩かれた。お兄ちゃんだ。

行くぞと言われ、もう一度成宮に手を振った。成宮が覚えていてくれたのかは分からないけれど、残念ながら私がこのやり取りを思い出すのは、成宮が頂き物のヒマワリを持って私の部屋にやってきた時にようやくだった。

prev / next

[ back to top ]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -