小説 | ナノ


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「おねーさん、誰?」

かのえさんとの出会いは、小学生の時だった。

「あそこで打っている人の妹です」
「のっぽの人?」
「はい」

小学生の時、野球の見学にきていたら見かけない人が河原沿いにしゃがみ込んでいた。興味沸いて話しかけてみたら、不思議そうにこちらを見上げて、でもきちんと返事をくれた。

言われてグラウンドの方をみたら、見覚えのない、ひょろっと背の高いヤツがバッターボックスに入っている。

「あんな人、このチームにいたっけ」
「よそから引っ越してきたばかりなんです」
「へー」
「……君は誰ですか」

不審そうに聞いてくる。どっちかっていうと突然見学にいて怪しいのはそっちなのに。

「俺ね、成宮鳴っていうの」
「へえ」
「そこの小学校ね!あんたは?」
「西小学校……もっと向こう」
「えっ遠くない!?」
「そうかも」

だんだん返事が短くなってきた。俺の方をじぃっとみて、ようやく向こうから話題を振ってくる。

「君は何年生?」
「俺4年生だよ」
「なんだ、年下か」

喋り方がゆるくなった。敬語使わなくていいって判断されて、ちょっとムカッとくる。

「年下だから何!?」
「むしろそっちこそいきなりため口なのおかしくない?」
「変な女に敬意はらう必要ないし!」

ちょーーーっとかわいいからって、めちゃくちゃ失礼なやつじゃん。何だよコイツ。ムカついたからもういいやと思って別の場所で見学することにした。



***


「なんでまた居るわけー?」
「そっちこそ」
「俺は試合の見学ですぅー!」

翌週、決勝の見学にきたらまたあの女がいた。

「私も試合観に来ているんだから」
「野球やるの?」
「やらない、ルールもよく分からない」
「はー?よくそれで見学しているって言えるよねー?」

バカにするように言ってみたのに、平然と「そうだね」なんて返事された。つまんないなあ。
つまんないけど、他に喋る相手もいないので隣に座り込む。向こうもビックリしてこっちを見た。

「お前の兄ちゃんってどれだっけ」
「6番つけている人」
「へえ、ショートなんだ」
「ショート……?」


ポジションすら分からないみたいで、首を傾げてくる。自分の兄ちゃんのポジションすら分からなくて、よく見学しているって言えたな。

「ショートってポジションね、2塁と3塁の間ー……って、塁は分かる?」
「白いやつでしょ? それくらいは分かる」
「そうそれね。そんでもってー」

全然分かっていなさそうだから、専門用語から教えてやった。グラウンドをずっと見ているからこっちの顔なんて一切見ないけど、うんうんと頷いて聞いているから、多分、興味はあるんだと思う。それなら勉強すればいいのに。

「へえ、少し分かってきたかも」
「覚えるの遅いよ!分かってから見るべき!」
「そうだね、ありがとう」

試合がひと段落ついたからか、ようやくこっちを見た。

「きみ、教えるの上手いね」
「へっ? そ、そう?」
「お兄ちゃんに聞いても全然分からなかったのに、ようやくルール分かった」

素直に褒めてくれる。なんだか変な感覚だ。

「べっ別に普通に説明しただけだし!」
「そうなの?でも少なくともうちのお兄ちゃんより頭いいよ」
「頭よりも試合で勝つんだっての!」
「君はまだ小学生でしょ?」
「だから何」
「君がシニア始める頃には、お兄ちゃん卒業しているけど」

一番になりたいから、俺より注目されているヤツは全員気にくわない。だからあんまり考えずに言ってみたら、普通に返された。

「ぷ、ぷろ行ったら年齢なんて関係ないし!」
「プロ?」
「そ!プロ野球選手!」

思い付きで言ってみたけど、そうじゃん、プロに行けば年齢とか関係ないし。

「プロ目指しているんだ?」
「そりゃ野球していたら目指すんじゃないの?」
「そういうものなのね」
「おねーさんは将来何になるつもり?」
「うーん……」

雑談のつもりでテキトーに振ってきたけど、考えこんでしまった。こんなの、テキトーでいいのに。

「地元で、何かしたいなあ」
「地元?」
「うん、東京はなんか、合わないかなあって」
「合わないー?意味わかんないんだけど」

言ってみてから気付いた。そういえば、ちょくちょく発音が変だなーって思うことがある。訛り隠そうとしているのかな。別にどうでもいいのに。

「まだ来たばっかなんでしょ、そのうち馴染めるんじゃない?」
「そうかなあ」
「野球だって、ルールまだ覚えたてで楽しくないでしょ」
「確かにまだ楽しいって感じではないのかも」
「野球は絶対観てて楽しいはずだから!好きになるまでちゃんと覚えて!」
「ええー……でも覚えたいのは確かだから、うん、分かった」

そうこうしている間に試合は終わっちゃって、俺も暗くなる前に家へ急いだ。ひとりで出てきちゃったから、はやく帰らないと。


「俺、そろそろ帰らないと」
「残念、教えてもらうのありがたかったのに」
「また会ったら教えてあげる!」

間違ったこと教えられないし、俺も細かいルール確認しておこっと。


「うん、教わるなら、君が一番いい」
「……っま、まあ?俺天才ピッチャーですし?」
「天才ピッチャーかは知らないけど」
「それもいつか見せてやるから、待っててよ」


この感情が恋だと気付くには、小学生の俺にはまだ早かったらしい。恋心はこのあと、じわじわと浸食していった。

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