小説 | ナノ


▼ 76

春、それは出会いと別れの季節である。
つまり、番組再編の季節でもある。

『――ということで、1年間お世話になりました』
『糸ヶ丘アナウンサーの今後の活躍をみんなで応援しましょう。それでは!』

「……は!?」


ピンポンピンポンピンポーン


帰宅して玄関の扉を閉めたらすぐ、けたたましいチャイムが鳴り響く。チェーンロックすらしていなかった扉をあければ、慌てた顔の成宮がいた。

「っかのえさん!!!」
「成宮お疲れー、今日練習なかったの?」
「メンテで病院行っていたから……じゃなくて!」
「……とりあえず、中はいる?」

荷物置きたいし。そう言いながら、私は先ほどメインキャスターから受け取った花束を見せた。



「で?」
「かのえさん、レギュラー番組やめるの!?」
「こっちのはね、育休取っていた人戻ってきたし」

そもそも、私みたいなフリーアナウンサーが突然地方のレギュラーに呼ばれた理由はソレだ。こっちの局で大人気だった女子アナウンサーが突然の妊娠。戻れるようになればすぐ戻りたいということで、下手に人事異動させたくなかったらしい。

「フリーアナって便利に使われちゃう、色んな仕事もらえてありがたいけど」
「ま、待ってよ!じゃあかのえさんこれからどうするつもり!?」
「東京に戻るわよ」

今あるレギュラー番組は東京ばかり。それに。

「春から東京の報道番組に入ることが決まったの」

アナウンサーとしては、多くの人が目指すところの、生放送の報道番組。今までと違ってガッツリ政治を取り扱う、お堅い番組だ。

「……何それ、聞いてないんだけど」
「結構ニュースにもなっていたと思うんだけど」
「かのえさんの口から!聞いてない!」
「仕事のことなんて元々連絡していなかったでしょ」

むしろ成宮は私が伝えていなくても、勝手に把握していたくらいだ。唯一放送を知らなかったのは、急きょ担当することになった、原田との東京ロケくらいかな。

(そういえば、あれも元々は彼女の仕事だったんだよな)

ピッチピチの清純派アナウンサー。原田の口からそんな言葉が出るなんて思ってもみなかった。今思い出してもちょっと笑える。

「ちょっとかのえさん、俺を無視して掃除はじめないでよ」
「だって引っ越しまで時間ないもの」
「……は、」

立ったままだった成宮が、そのまま私の方に向かってくる。テレビ棚の前にしゃがんで並べてあった雑誌を整理していたら、突然手を捕まれる。

「引っ越すの?」
「そりゃあね」
「いつ?」
「……今週中には」

正直いうと、これでも結構残り続けていた。こっちに来る時は番組開始の1カ月前から居たのに、向こうに戻る時はギリギリになるなんて、未練がましくて笑ってしまう。

「……かのえさんはそれでいいの」
「誰がどうみても、順風満帆だと思うけど?」
「他の人じゃなくて!かのえさんはどうなのさ!」

握られた手が痛い。成宮はまっすぐこちらを見て、下唇を噛んでいた。

「……成宮が近くにいて、楽しかったよ」

私がそう零せば、彼の瞳が小さく揺れる。

「……最初は隣に越してきてムカついたし、好き勝手するし、チャイムは何回も鳴らすし、本当に嫌いだった」

成宮は、何も言わない。まっすぐ私を見つめたまま。

「だけど、ごはん作ってくれたり、始球式の練習付き合ってくれたり、私がつらいとき傍にいてくれて、本当に助かった」

思い返せば、ごはんは私が作った方が圧倒的に多かったし、始球式は打ちやがったし、成宮のせいで大変な事態になったりしていた。でも、楽しかった。


「……だからこそ、中途半端なまま成宮と先の関係性には踏み出せない」


成宮の青い瞳が震える。刺すような視線が、ようやく外された。

「……それは、あの清純派とのことが解決したらいいの」
「目下のところは、それかな」
「……分かった」

成宮が、私の手を放す。少し赤くなっていたが、あまり痛いとか、そういうところに気持ちはいかなかった。成宮は上を向いて一呼吸ついたかと思えば、すぐに立ち上がって玄関まで歩き始める。座ったままの状態で彼の方を追って見れば、立ち止まって振り返った。

「かのえさん」
「ん?」
「引っ越しって何日?」
「なーに、見送りにでも来てくれるの?」
「ううん、もう会わない」

見たことないような優しい笑顔で、成宮がそう言う。そっか、これでお別れか。

「……最後は木曜日。午前中にはこっち出るよ」
「分かった」

おそらく、私ともう会わないようにすべく、日にちを聞いてきた。自分で言っておきながら、こうもはっきり避けられると分かればつらくなる。でも、離れるからこそハッキリさせないといけない。


「成宮、今までありがとう」
「最後みたいな挨拶やめてよ」
「ふふっ、また会えるといいね」
「絶対会いに行くから、絶対に待ってて」


そう言い残し、成宮は自分の部屋へ戻っていった。私は整理途中の雑誌を雑にテーブルへ置き、ソファに座って、ゆっくり目を閉じた。

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