小説 | ナノ


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「糸ヶ丘先輩」
「――ん?」

仕事ついでに寄った事務所で、例の清純派アナウンサーに声をかけられる。礼儀正しく頭を下げてくれるから、こちらも挨拶を入れた。

「私に何かあった?」
「その、成宮選手の件で、お話したくって――」

まっすぐこちらを見てそう言ってくる事務所の子を見て、そのまま立ち話を勧められるほど私は酷くなかった。事務所の会議室を借りて、彼女が満足するまで話を聞いてあげた。





(成宮の試合をみて、稲実への進学を決心しました――、か)

東京での収録を終え、こちらの地方に戻ってきた。そろそろ片付けも始めないとな。なんて思うのだが、今日事務所で聞いた話が頭の中をぐるぐるしていて一向に掃除の気分にならない。

「……成宮の部屋に、お土産も受け取りに行かないと」

1週間ほど前に連絡が入っていた。あまりにも私の出張が多いので、どうも成宮とタイミングが合わなかったらしい。「かのえさんがヒマな時にうち来て!」とのメールが届いていた。いつも唐突にチャイムを押してくる男だったけど、私がいないことが多く、いよいよ諦めたんだろう。



ピンポーン

「かのえさん!」

3月に入り、キャンプから帰ってきたであろう成宮の部屋のチャイムを鳴らす。本当は数時間前に私は戻ってきていたのだが、いかんせん、先ほど知り得た情報をまだ咀嚼しきれていなかったから、あまり顔を合わせたくなかった。

「キャンプお疲れ」
「何にもないから!」
「……何が?」

顔を合わせて早々にそんなことを言われる。とぼけた振りをするけれど、成宮の言わんとすることは分かっていた。例の清純派アナウンサーとのことだ。

「あの清純派!何もないから」
「へえ、そうなの」
「信じてくれる!?」
「その割には、楽しそうに喋っていたみたいだけど?」

グラスに水を注いで、ソファまで持ってきてくれる。立ったままだった私も、グラスを受け取り一人がけの方のソファに座る。

「何の話?」
「その清純派に聞いたの。成宮選手に誘われて収録後も喋りました〜って」
「そ、それは!だってかのえさんの話聞きたくて!」
「へー、それでわざわざ夜に会うんだ?」
「夜……? あ、」

首を傾げていたが、やはり心当たりはあるようだ。

「あれはカルロと別れてから偶然っ! 誘ったのは昼間だったし、」
「……私としてはどっちでもいいけど」
「よくない!」

成宮の声が大きくなる。ちょっと驚いて彼の顔を見ると、あからさまに怒っていた。

「だって、俺があの子と仲いいって勘違いされたくない」
「でも事実、成宮から誘って収録外で喋っていたんでしょう?」
「それは、かのえさんのこと聞きたかったから……っ」

成宮の言おうとしていることが、あまり分からなかった。いや、分かるけれど、理解はし切れなかったという方が正しいかもしれない。



「でも、向こうはそう思っていないかもね」

事務所で会った、清純派アナウンサーとのやり取りを思い出す。

「そんなこと言われたって……あっちの気持ちとか知らねーし」
「……成宮は、どうして人の気持ち考えないの?」
「考えないことはないって」
「考えてないよ」

ちょっと口調が強くなる。でも、これははっきり言っておかないと、私から成宮に言っておかないと駄目だ。

「今まで週刊誌に撮られてきた相手とは違うでしょ」
「確かにあの子は……かのえさんが居るとか嘘ついていないけど」
「私の事務所の後輩は、純粋に成宮に憧れているからって喜んでいたのに」
「そう言われても……俺はかのえさんしか見てないし」

「じゃあ思わせぶりに絡まないであげて」

私の嫉妬心がないとは言い切れない。だけど、彼女が成宮を本当に尊敬していると分かった以上、これは言っておかないと、彼女が可哀想だ。


「成宮を尊敬している彼女の気持ちを、利用するのは許せないよ」


そう考えてはっきりと伝えれば、成宮はムッとする。


「……ならかのえさんはどうなのさ」
「私?」
「かのえさんは俺のこと、どう思ってんの?」

はっきりと聞かれ、心臓が捕まれたような気持ちに陥る。唇を震わせて言葉を考えていたら、成宮がまた追い打ちをかける。


「かのえさんにとって、俺は何なの」
「何って、」
「ただの隣人?ちょうどいい食事相手?」
「ち、違っ」
「俺はもっと近い関係になれたって思っていたよ。だって――


写真に撮られたあの時、あんなにも嬉しそうにしてくれたんだから」


成宮は無表情で、でも怒っているのが分かる。冷たい目だった。そんな彼と対峙する顔じゃないとは分かっていたが、私の頬が熱くなる。


「な……っなんで!?」
「なんでって、すぐ近くにいたら見えるに決まってんじゃん」
「だって!夜!夜だし……暗かったし!」
「暗がりでも分かるくらいに真っ赤になっていた自覚ないの?」
「な、あ、あるけどっ!でも!」

慌てる私を見て、だんだんと成宮の表情が変わってくる。先ほどまでスンとしていたのに、あからさまにニヤついて、私をからかうような顔をし始めた。

「ほらー、かのえさんも素直になっちゃってよ?ね?」
「私は!いつでも!素直です!」
「言っているそばから強がっちゃってさ〜」
「強がってないわよ!」

こっちは本気で話したいのに、イヴの事を掘り返される。あの日のことを話題にされたら、私も平然とした態度をしていられない。茶化しにかかってくる成宮に、プチンと来てしまった。


「と、ともかく!あの子のことちゃんとするまでは何も言いません!」
「は?」
「私の気持ち以前に、成宮はあの子とハッキリさせてきなさい!」
「いや、だって何もないって、」
「連・絡・先!」

一字一句、ハッキリと言う。成宮はとぼけた顔をする。

「……連絡先?」
「交換までしておいて、”何もないです”ないんじゃない?」
「え、待って俺そんなこと」
「でも今日事務所で見たもの、成宮の連絡先がバッチリ入っていたけど?」

北海道で撮ったらしい、真っ白な雪の中をはしゃぐ成宮のアイコン。向こうに前乗りして、原田と会っていた時に撮ってもらったらしい。そんな写真、他の誰かがマネできるわけもない。

「ま、待ってよ!本当に知らない!」
「知らないうちに交換したとでも?」
「じゃあ俺のケータイ見てよ!その子の連絡先とかないし!ねえほらっ、」


成宮がこっちに向けてきたケータイ画面には、ちょうどタイミングよく通知が表示された。

「……見せつけてくれるわね」

例の、清純派アナウンサーからのメッセージだ。


「……は?……え、待って、なんで!?」
「ほー、ここまできても白を切ると?」
「いや違うってば!本当に知らないんだって!」
「……ま、私には関係ないですし、どうぞ仲良くしてください」
「あ、ちょ!待ってよかのえさん!」

振り返らずに、そのまま玄関まで行きサンダルを履いて自分の部屋へ戻る。結局成宮だって、あの子と仲良くしているんじゃないの。別に関係ないし。


私は一人でも生きていけるんだから。

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