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「よう、上手くいったか?」
「最っっっ悪の結果だよ!カルロざけんな!」
ホテル近くの砂浜で寝っ転がっていた俺に、カルロが近づいてくる。ムカついて砂を掴んで投げたけど、横風にあおられて全然カルロには届かなかった。
「嫉妬してくれなかったのか? 残念だったな」
「むしろ喧嘩しちゃったんですけど?」
「なんで」
「こっちが聞きたいよ!」
隣に座ったカルロの横腹を殴る。「痛えな」なんて言ってくるけど、全然痛がっちゃいない。むしろ俺の心の方が傷ついている。
「つっても、『かのえさんを嫉妬させたーい』って言ったのは鳴だろ」
「後押ししたのはカルロじゃん!」
「案外イケると思ったんだけどな」
意外だわ。なんて言ってカルロは遠くを眺めていた。既に俺のことはどうでも良さそうだ。くそ、ムカつく。
「かのえさんに何て言ったんだ?」
「名前で呼ばないで」
「……糸ヶ丘アナに何喋ったんだ?」
「今日来てたアナウンサーの話」
「そっち行ったの誰だっけ」
「かのえさんと同じ事務所の、朝番組出てる子」
「あの清純派アナウンサー?こっちも来てたわ」
「そうそれ」
清純派っていう定義はよく分からないけど、よくそういうキャッチコピーを載せられているっぽい。どっちかっていうとかのえさんの方が清純派だと思う。男に対して潔癖だし。
「カルロ知ってる?あの子、稲実だったんだって」
「大学が?」
「高校が」
「へー俺ら被ってんじゃねーの?」
「最後の試合も応援行きましたーってさ」
「……ん?」
「なに?」
カルロが何か引っかかった。別に同じ高校なんだから応援に来るのは変なことじゃない。だけど、そこじゃなかった。
「それ、本人から直接言われたのか」
「そうだけど」
「俺は言われちゃいないけど」
「へえ」
だからなんだっていうんだ。軽く聞き流そうとすれば、カルロは結構マジな顔で注意してくる。
「……清純派、ガチで鳴のこと狙ってんじゃねーの」
「まさか、だってかのえさんと週刊誌に載ったばっかだよ?」
カルロに指摘されたことを、すぐに否定する。だってかのえさんに一途だってことは1年前にバラしたし、つい最近はイヴに食事までした。本当に食事までだったけど。
「野球好きって言っていたから、それでじゃないの?」
「俺にはそんなこと何も言ってこなかったけど」
「カルロはタイプじゃなかったんでしょ」
「じゃあその清純派、鳴のことはタイプなわけだ」
ヒュウ、と口笛を吹いて茶化してくる。うっさいな、仮に清純派が俺を狙っていようとも、俺が好きなのはかのえさんだ。昔も、今も、これからも。
「つーか鳴が取材のあとに女子アナと喋るのってめずらしいな」
「かのえさんの話聞けるかなって思っただけ」
「誘ったのは?」
「誘ったって何?先輩の話聞かせますなんて、向こうから言うわけ……、」
ない。当然、俺から声をかけた。かのえさんにもそうやって伝えた。
取材時間外で話をしたい時、女子アナウンサーの方から声をかけることなんて、よっぽどない。それが仮に恋愛沙汰に関わらなくても。だから野球選手の方から声をかけるのは普通のことだと思っていた。
でももしかしたら、かのえさんはそんなことすらしらないかもしれない。
「……かのえさん、もしかして俺が清純派に心移りしたとか思って」
「いるかもなー」
「い、いやでも?今まで散々愛を伝えてきたんだし?」
「どうだろうなー、糸ヶ丘アナからしたら自分と似たような相手だし」
「そ、それは困る!今度ちゃんと否定しないと!」
「つーかその前に、」
ようやく一緒に外食までできるようになったんだ。この関係性を台無しになんてできない。帰ったらすぐに否定しよう。そんで謝ろう。嫉妬させたかったですって。してくれなかったけど。
そう反省していたら、カルロが何か言おうとしている。
「清純派アナウンサーを止める方が先じゃねーの」
「止めるって、何を?」
「鳴のこと狙っている女に、プライベートで話しかけるなんてマズイだろ」
「それは別にいいじゃん?これから気を付けるし」
「いやでもお前、それで今まで散々やらかしてきたんだろうが」
「週刊誌に載ったこと?それはもうありませーん!」
だってかのえさんとのツテを探すために女子アナとごはんに行っていたんだ。かのえさんと仲良くなれた今、そんなことは絶対にしない。
「じゃ、俺そろそろホテル戻るね!カルロもおやすみ〜」
「あ、おい待てって!」
カルロがまだ何か言いたがっていたけど、歩道に記者っぽいのが見えたから急いでカルロから離れてホテルに戻る。跪いていなかろうが、こんなムサイ男と週刊誌には絶対載りたくないもんね。
だから、最後にカルロが何を言おうとしていたのかはあんまり聞いていなかった。
「……あの清純派が糸ヶ丘アナに何か言う可能性、考えねーのかよ」
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