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ピンポーン
クリスマスイブから数日後、私は成宮の部屋のチャイムを押す。先ほど買ったばかりの週刊誌を持って。
「……成宮、一応聞くんだけどさ」
「俺じゃない、俺は知らない、俺は絶対何もしない」
「いや、そうだろうけど一応、」
「……知ってたらこんなポーズ取らなかった!!!」
赤い顔をして叫ぶ成宮に、私は小さくため息をついた。
「……でしょうね」
年末になり、平日のレギュラーも特番の都合で休みとなっていた。東京で朝から特番の収録をし、呼び出されたので事務所へ寄る。また明日も東京で収録だったのだが、一度こちらへ帰ってくるべく地方への新幹線に乗った。成宮から話を聞きたかったから。
【球界のプリンス、愛しのプリンセスに跪く!】
とんでもない見出しの週刊誌を見て、成宮は顔を隠してソファでバタバタと暴れていた。
そう、来たるクリスマスイブの日、私たちは予定通り日本食を美味しく頂き、成宮はお姉さんの車で実家へ、私はタクシーで仕事へと向かった。当初の予定通り、特に記者にも遭遇せず、平和に終わった――と、思っていた。
「まさか、あんな場所にも記者がいたとはね」
「本当だよ信じられない!住宅街だよ!?」
週刊誌に載ったのは、私が成宮から真っ黒なハイヒールを履かせてもらっているシーン。成宮が私の前に跪いている様子は、確かにさながら王子様だ。
「……かのえさん、本当にごめん」
「んー?」
「だって、結局今年も迷惑かけちゃったし」
「あー……食事だけってことも書いてあるし、そんなに怒られなかったわよ」
正直いうと、社長からちょっとは怒られた。よりにもよって成宮。私もそう思う。よりにもよって、なんで成宮なんて好きになったんだろう。
「むしろ成宮は球団から言われてないの?」
「コーチから”あの糸ヶ丘アナ落としたの!?やるじゃん!!”って電話は来た」
「……成宮のスクープにも慣れたものね」
どうやら成宮の方も、あまり怒られてはいない様子だ。今までの記事とは違い、素直に独身同士が、食事をしただけで終わったのだから。むしろイブに何もなく終わったことを褒めてもらったらしい。
私の所属する事務所の社長も同じ様子だ。社長は私が成宮と付き合っているだとか、そういうことは考えていない。何しろ店が店だ。私がどうしても行ってみたくて、一度社長にも尋ねたことのあるお店。
「社長は成宮じゃなくて、あの料亭目当てに私が行ったと思っているから」
「でも本当は、俺目当てで来てくれたんだよね?」
「記者に囲まれたら何て言おうかしら……」
「無視!?」
別に嫌がって無視したわけじゃない。上手く嘘をつける自信がなかったし、だからといって「成宮と会いたくて行きました」なんて言えるはずもなかったから。
私は何とか話を逸らし、口裏合わせを始める。
「私は年末年始はお堅い番組ばかりだから関係ないけど、」
「絶対ネタにされる……なんで年末年始にテレビ出なきゃいけないのさ……」
頭を抱えて唸る成宮。確かに、間違いなくつつかれるだろう。
「あんたテレビ出演大好きじゃないの」
「でも今は別!」
バタ足するのに疲れたのか、ソファにうつ伏せのまま成宮の動きが止まった。私は勝手に一人がけのソファに座り、記事を読み直す。
【訪れたのは糸ヶ丘アナが長年切望していた、一言さんお断りの高級店で――】
【プレゼントされた靴は、収録移動では履いておらず――】
私のネックは、むしろここだ。
「ねえ、成宮」
「なーにー……」
「あの靴ってどうするつもりなの」
「ルブタン? いつかまたデートに誘えた時の為に置いておくつもりだけど」
成宮はごろんと寝返りを打って、横向きになる。ようやく目が合った。顔は死んでいる。
「勝手言うんだけどさ、」
「うん?」
「あの靴、私がもらっちゃダメかな」
一瞬止まった成宮が、ガバッと起き上がる。
「えっ、いいけど、なんで!?もらってくれるの!?」
「だって私へのプレゼントだったんでしょ?」
「あげる!めちゃくちゃあげる!」
「本当に?」
めちゃくちゃあげるという言葉はよく分からなかったけれど、成宮が私にプレゼントしようとしてくれていることは伝わった。バタバタと玄関に向かった成宮は、箱を持って戻ってくる。
「紙袋捨てちゃった」
「中身があればいいよ」
「そうなの?女の人って紙袋好きじゃん」
「……別に長時間持ち運ぶわけでもないし」
「隣だもんね〜」
他の見知らぬ女と比較されて、少し声色が下がってしまった。いけない、こんなしょうもない嫉妬しているなんて。
「とりあえず、私たち食事に行っただけだから、素直にそれは認めましょう」
「プレゼント受け取ってもらえたって言ってもいい!?」
「……いいけど」
「よっしゃ!コーチに自慢しよーっと!」
あれだけ喚いていたのに、もう成宮はいつもの調子を取り戻していた。成宮は週刊誌に載るのも慣れているし、上手いことコメントをするだろう。
ただの食事だから。そう気軽に考えていた私は、この後に起こる展開に、少しだけ後悔することとなった。
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