小説 | ナノ


▼ 71

地方局でのレギュラー収録を終え、新幹線で移動中に仮眠を取り、トイレでしっかりメイクを直して、今、待ち合わせの10分前。

各駅停車しか止まらない駅で、成宮の迎えを待つ。「もう夜遅いから駅にいて」と言われたのだが、人通りもあるので少し離れたところで待つ。成宮のチームメイトは居なかろうとも、記者に撮られるわけにはいかない。


――キキィッ


ちょっとした広場の前で待っていたら、見覚えのない白の車が止まった。

「ちょっと、なんでこんなところにいるのさ」
「ビックリした、成宮だったんだ」
「話聞いてる?」
「この時間でも駅って人多いものね、見られると困るかと思って」
「……かのえさんに何かあった方が困る」
「えっと、すみません」

この場所も人が全くいないわけでもないし、街灯もあって明るいのだが、成宮はご不満だったようだ。素直に謝り、ぐるりと左側へ回って助手席にお邪魔する。

「この車どうしたの?」
「ねーちゃんの借りてきた」
「いつもの外車は?」
「あんなので移動したら目立つじゃん」

目立たないように、普段乗っている車で来るのは控えたらしい。とはいえ、成宮が借りてきたお姉さんの国産車もなかなかに目立つ。王冠マークがついた車、成宮にピッタリだ。

「ちゃんと実家帰っているんだ、偉いね」
「かのえさんもでしょ?」
「年末年始は帰らないからなあ」

この間帰ったのは、御幸と会った時だ。割と最近だから、もう春頃まで顔出さなくていいかな。なんて考えながら景色を眺めていた。




「……ねえ、なんだか住宅街に向かっている気がするんだけど」
「だいじょーぶ、流石に地元で迷子にならないって」
「地元?」
「そ」

降りた駅は稲実からさほど近いわけでもないけれど、成宮の実家近くらしい。東京出身とはいえ、寮暮らしだから別に稲実の近くが地元ってわけでもないのか。

「この辺りだったんだ」
「成宮家、寄ってく?」
「寄りません」
「ちぇっ」

そういえば、お姉さんは実家に住んでいるのだろうか。尋ねてみると、どうやら今は妊娠中で、里帰り中らしい。同世代はまだそういう人が少なくとも、姉兄がいるとそういう話もよく聞くようになってくる。

「……ほとんど神奈川ね」
「今から行く店は神奈川だし」
「そうなの?」
「テレビ局遠いけど、0時にはタクシー呼ぶから大丈夫だよ」

東京の方が店も多いだろうし、テレビ局も近いからゆっくりできる。わざわざ神奈川の店を予約したということは、よほど良い店なんだろう。ちょっとわくわくしてきた。

「本当は別なとこ予約したかったんだけどね」
「そうなの? 成宮とっておきのお店とか?」
「……クルージング」

びっくりして運転席を見ると、不貞腐れた顔の成宮がいた。どうやら、私がヨーロッパのナイトクルーズに憧れていると言ったあと、すぐに予約しようとしたらしい。しかし流石に一カ月前じゃ、クリスマスの船は抑えられなかったようだ。

「かのえさんに喜んでもらいたかったのになー……」
「でも成宮のことだから、今から行くお店も美味しいんでしょう?」
「多分喜んでくれると思うけど……着いたよ」

キィッとゆっくりブレーキを踏んで、成宮が砂利の駐車場に入っていく。正面に見えるのは、平屋作りの日本家屋。外に看板も何も出ていないが、のれんがかかっているので飲食店なのだろう。

「看板出していないお店なのね」
「ま、一言さんお断りだから」
「……成宮、もしかして」

一言さんお断り。その言葉を聞いて、頭をよぎったのは去年成宮がテイクアウトしていた姉妹店。


「かのえさんが行ってみたいって言っていたお店だよ」


ぶわぁっと汗が出てくるような感覚がした。嘘でしょ。

「え、うそ、本当に……!?」
「本当だってば。クリスマスに和食って微妙だよなーって思ったんだけど、」
「全然!微妙じゃない!」
「そ、そう?」
「えーっすごい本当に!?信じられない!嬉しい!」
「嬉しいの?クリスマスディナーだよ?」
「すっごく嬉しい!」

全力で喜びを伝えれば、成宮は表情を抑えるようにきゅっと唇を噛む。ニヤけるのを我慢しているのがすぐ分かった。面白い表情をしている。

はやく店に入りたい。そう思ってシートベルトを外し、成宮と同じく車から降りようとした。しかし。


「――かのえさん、ちょっと待ってて」


待てと言われたので、ドアを開けようとした手を止めた。成宮は自分だけ降りていく。駐車場、水たまりでもあったのかな。窓から外を見てみたけど、暗くてよく分からない。

なんてことをしていたら、後ろのトランクがバタンと閉まる音がした。成宮が開けていたようだ。

何かあったのかと振りむいていれば、成宮が私の座る助手席まで回ってきた。どうしていたらいいのか分からず、無意識に背筋を伸ばす。

「な、成宮?」

助手席のドアをあけてくれた成宮に声をかけたが、成宮は黙って跪いた。



「――仕事でもプライベートでも履けないっていうから」



そう言って差し出してきたのか、黒いハイヒール。チラリと靴底の赤が見える。


「それ、まさか、」
「俺の隣にいる時くらい履いてほしいなって思って」

成宮の大きな手のひらに立っているのはクリスチャン・ルブタン。私がずっと憧れていたハイヒール。

「かのえさん、脚こっち向けて」

アナウンサーとしては最低限の低いヒールを車の中で脱いで、私は横向きになる。成宮が私のふくらはぎにそっと手を添えて、その黒いハイヒールを当ててくれた。


「……よかった、ピッタリだ」


安心したような顔で、こちらを見上げる成宮。ダメだ、こんなのダメだ。


夜景の綺麗なクルージングなんかじゃなくていい。ガラスの靴じゃなくてもいい。


一生立ち入ることができないと思っていた高級料亭で、ずっと憧れていたハイヒールを履く。こんな夢みたいな演出をされて、喜ばない女がどこにいる。


何よりも、私の表情を見て、こんなにも嬉しそうに笑う成宮を見た瞬間、私は今度こそ諦めてしまった。




(――こんなの、好きになるに決まっている)

prev / next

[ back to top ]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -