小説 | ナノ


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やってしまった。かのえさんに何て言おう。


ピンポーン


「成宮、頼まれていたシュークリーム買ってきたよ」
「あの行列店で買えるなんてかのえさん流石!ありがと!」
「ロケのついでだけどね」

シーズンも終わり、俺が先に帰ってきていることも増えてきた。かのえさんが最近人気のシュークリームの店に取材へ入るといっていたので、食べたいなと言ってみたら、意外にもすんなりOKをもらえた。

「ここ置いてもいい?」
「どうぞ〜」

俺のためにかのえさんがお土産を買ってきてくれるなんて嬉しい。すごく嬉しい。だけど、今日やらかしてしまった事実をどう伝えるべきか、まだ何も考えていなかった。

「じゃあ、私帰るから」
「ま、待って!」
「?」
「……少し、お喋りしたいなーって」

思いまして。尻すぼみになりながらも伝えれば、かのえさんは少し悩んでいいよと言ってくれる。

「私の部屋でもいい?ごはんも作りたいし」
「全然だいじょーぶ!」
「じゃあ行こうか」

鍵を取り出しながら、かのえさんがまた靴を履く。今日はたくさん歩いたのかな、ヒールが低いのを履いていた。




「で、何かあったの?」
「えっ」

晩ごはんを作るかのえさんの邪魔をしないように、ソファで寛ぎながら言い訳を考えていたけど、結局思いつかないまま秋刀魚が焼きあがってしまった。いいにおいに釣られていれば、「食べたいんでしょ?」といたずらっぽい表情で言ってくる。良い焼き目のついた秋刀魚は2匹いた。

「なんだかしょっぱい顔をしていたから」
「しょっぱい顔……」
「難しい顔?苦い顔? とりあえず、いつもと違うなーって」

しょっぱい顔って、どんな顔だろう。アナウンサーなのに、かのえさんは独特な言葉を使ったりする。ちょっとかわいい。

「その、失敗しちゃって」
「今って自主トレよね?それとも撮影?」
「いや……交友関係というか、なんというか」

上手く言えない。なんだかチームメイトと上手くいっていないような言い方をしてしまって、かのえさんの顔もしょっぱくなる。

「プロの世界は分からないけど……難しいの?」
「あー……ごめん、違う、言い方間違えた」
「?」

ひと呼吸置いて、口を開く。


「……クリスマスに会うこと、チームメイトにバレたっぽい」


そう伝えると、かのえさんはきょとんとした。少し考えて、軽く返事をする。

「なんだそんなこと、仲違いしたわけじゃないのね」
「そんなことって……だってかのえさんと会えなくなるじゃん!」
「んー、マスコミにバレたわけでもあるまいし」
「……そうだけど、でも」
「東京で会うんだから、別に知られていても問題ないでしょ」

軽く言うかのえさんは、なんともない風だった。確かにかのえさんからしたら、ただの夕飯かもしれない。だけど、俺からしたら「クリスマスに大好きな人とデート」なわけで。

そこまで重く受け取ってもらえていないことにショックを受けつつも、バレたから中止と言われなかったことに安心した。

「ま、週刊誌に撮られなかったらいいでしょ」
「そこは……頑張る」
「頑張ってよ成宮、芸能記者のことはよく知っているんでしょ」
「任せてよ! 週刊誌のことは手を取るように分かるから!」

ドンと胸を叩いて言えば、かのえさんは小さく笑った。あ、この表情、好きかも。


***



成宮が帰って、ソファで項垂れる。私は一体何をしているんだ。

「別に、バレたなら断ればよかったのに……」

どうしてあんなことを口走ってしまったんだろう。今更恥ずかしくなってバタバタと足を動かす。

成宮と私の、イヴの食事予定がバレてしまったらしい。そうなれば当然、中止にするのが一番だ。だというのに私は、「食事くらいなら」とあえて知られる提案をしてしまった。だって、成宮があんなしょぼくれるんだから、仕方ない。

御幸とは何もないということが世間だけでなく内部の関係者にも知られてしまった今、仲の良い特定の異性がいるというのは、プライベートに漬け込もうとする人への牽制になる。そう、これは利害の一致だ。妥当な判断だ。


「……成宮となんて、一番話題にされたくなかったはずなんだけどな」


だけど、私は成宮と過ごすことを選んでしまった。深い意味はない。そう、深い意味はないんだ。そう自分に言い聞かせながら、顔に残る熱が冷めるまでソファでじたばたした。

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