小説 | ナノ


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「……うわ、高っ」
「糸ヶ丘アナウンサー、心の声出てるぞ」
「失礼いたしました」

球界きってのファッション男・神谷選手の買い物っぷりを追う。そんな番組の収録が行われていた。

とは言っても、別に神谷は特別ファッションに興味があるわけでもないそうだ。失礼ながら、そもそも服装にこだわりのあるプロ野球選手っていうのはそんなにいないイメージである。御幸を筆頭に青道メンバーも「着れたらいい」タイプだし、成宮も「触り心地が良けりゃよい」と言っていた。(そうやって選んだ服の金額が高いのは事実であるが)


「神谷って普段からこんな金額の買っているわけ?」
「私服着る機会少ねえから、別にそんな高くつかねえよ」
「とはいえ、Tシャツでこの値段……」

撮影用にと閉店後に入った店は、レディースもあるので私も立ち寄ることがある場所だった。メンズは見たことなかったけれど、レディース以上に良い値段。

最初こそカメラマンさんが着いてきていたので、神谷相手だろうと敬語を使わなければならなかったが、撮れ高終わればゆっくり買い物もしたいと神谷が言い出したので、今はその”ゆっくりタイム”だ。

「つーか糸ヶ丘アナも稼いでいるんだろ?」
「こんな金額気軽に出せるほど稼いじゃいないわよ」
「フリーアナウンサーって儲かるかと思ってたんだけどな」
「私はロケ仕事たくさん入れたくてフリーを選んだの」

局アナで人気になってフリー転向する人とは状況が違う。アナウンサーをするにしても、1つの局にいるよりフリーの方が特化して仕事を受けやすい。そう思って選んだのだ。事実、高校野球の全国取材まで受けられたのだから、私の判断は間違っていなかった。

「お、あれとか糸ヶ丘アナ似合うんじゃねーの?」
「……なんで私の好みが分かるのよ」
「いや、単純に鳴の好みだったんだけど」
「……」

神谷が歩いて行ったレディースエリアを見ると、確かに私好みのワンピースがかかっていた。あーだこーだ言いながら、神谷はなぜか女性物を見て回り始める。

「球団のイベントで女装でもするつもり?」
「俺のサイズ、絶対ないって」
「それもそうね」
「今は糸ヶ丘アナの服探してんの」
「……はい?」

そういって、鼻歌まじりに歩いていく。もう充分撮影を終えたはずのカメラマンたちも寄ってきた。先ほどまで離れていたから、神谷がなぜ女性物を見て歩いているのか分かっていないようだ。神谷に直接聞くんじゃなくて、なぜか私の方に声をかけてくる。「私に似合う服を選んでくれています」なんて言えるはずがない。悩んだ私は、名案を思い付いた。

「……神谷選手が好きな女性のファッションを教えてくれるそうです!」
「おーい糸ヶ丘アナウンサー?」
「どうやら神谷選手は落ち着いた服装が好みのようですね?」

してやったり、という表情を隠しもせずに神谷の方を見る。やってくれたなという顔をした神谷がこちらを見て、また服を探し始めた。ぽいぽいと手に取って、ドサッと私に託す。

「はい、着て」
「……は?」
「俺の好みのファッション、実際に着て撮った方がいいですよねー?」

そういって今度は神谷がカメラマンに話しかける。ADさんとカメラマンがウンウン頷くので、仕方なく私は試着室へ向かった。



(……普通にセンス良いのが腹立つわね)

渡されたのは膝丈のワンピースと、丈の短いボレロのカーディガン。ワンピースが私の骨格に合ったスタイルなのは、分かっているのかいないのか。どちらにしろ、合わない服装じゃなくて助かった。

(結構若い子向けな気が……でも成宮から「かのえさんは服装落ち着きすぎ」って言われたし、このくらいならセーフかな)

プリーツが大きく、いつものファッションよりも更に女性らしさが強い。というか、若い恰好な気がする。これでカメラの前に出ても大丈夫なのだろうか。ああでも前に成宮から「かのえさんもっとキャピキャピしたの着たらいいのに!」と言われたから、まだ大丈夫かな。いや、アイツの言葉は信用ならない。

少し悩んで試着室を出れば、おおっとスタッフが沸いてくれる。嬉しい反面、ちょっと恥ずかしい。神谷が私の隣にまでやってくる。

「似合ってんじゃん」
「……ありがとうございます」
「店員さーん、これ一式お買い上げで」
「神谷着るの?」
「なんでだよ、糸ヶ丘アナウンサーにプレゼント」
「結構です」

えー、と文句を言う神谷。だって、絶対に神谷ファンが丸っとそのまま買う服でしょうに。お揃いになんてしたら刺されてしまう。カメラマンたちに聞こえない声量で、神谷が耳打ちしてくる。

「デートの時にでも着ていってやれよ」
「そんな機会ないわよ」
「クリスマス、デートじゃねえの?」
「……別に成宮のために新調するつもりもないし」
「鳴と会うの?マジ?」
「(……しまった)」

うっかりこぼしてしまった発言に、神谷はニヤニヤしながら見てくる。恥ずかしくなった私は、「もう撮れましたよね!?」と馴染みのカメラマンに声をかけ、急いで試着室へ戻った。


***


「あーあ、せっかく似合っていたのに」
「それはどうも」

カメラマンたちが店の外観を撮影している間、先にロケバスへ戻った私と神谷。まさかここで口を滑らせるとは思いもしなかった。

「つっても、鳴がすっげー嬉しそうにしていたから薄々気付いていたけどな」
「……あっそ」
「去年のキャンプの時は連絡先すら知らなかったのに、すげー進展」

結局バレる予定だったなら、仕方がないか。とは言いつつ、成宮でさえキッチリ隠そうとしていたのに、私の方が口を滑らせてしまうだなんて。

「つーかそれなら尚更さっきの買えばいいのに」
「買いません」
「ぶっちゃけると、あれ、鳴の好みで選んだし」
「……神谷の好みってことで放送されるんですけど」
「俺も可愛いなーって思ったし、どっちでもいいだろ」

いいのか。多分ファンはこぞってあのワンピースを買ってしまうだろうに、本当にいいのか。

「あ、放送されたのイヤだったら別の選ぶけど?」
「……遠慮しておく」
「せっかくのクリスマスなんだし、鳴の好きそうな服着て行ってやれよ」
「だって……やっぱり何でもない」

言おうとして、口をつむぐ。まるで私がクリスマスの食事をすごく意識しているような発言をしそうになってしまった。

「えー何さ」
「何でもないです」
「言わないとカメラマンから仲良さげな写真もらってSNSにあげるけど?」

ニヤニヤとしながら、とんでもない脅しを口にする。ただでさえこのロケで神谷のファンから叩かれないか怯えているというのに、そんなことされたら絶対目の敵にされる。

「そんな写真あげられたら私が神谷ファンに刺される!」
「刺されはしないって、ちょっと気にされるだけ」
「気にされるのが怖いの!」
「なら教えてよ」
「(……こんにゃろう)」

私が絶句しているのを、黙って見てくる神谷。こいつは本当にやりかねない。ええい、どうにでもなれ。そう思った私は、笑われるのを覚悟で断りの理由を話してしまった。


「……だって、別の男が選んだ服着て行ったら、成宮嫌がりそうだもの」



***


ピンポンピンポンピンポーン


「かのえさん!何あれ!」
「あれとは」
「カルロとデートしてるCM流れたんだけど!何あれ!」

忙しなくやってきた成宮に、この間の撮影を思い出す。予告はもう放送されるのか。

「デートじゃないよ、神谷の金遣いを知るロケ」
「なんでかのえさんが着替えていたの!?」
「それは……番組をお楽しみに」
「やーだー!待てないー!」

そういって騒ぐ成宮を見て、ロケバスでのやり取りを思い出す。



あの後、神谷からすごく笑われた。それはもう殴ってやろうかと思えるほどに。だけど、ひぃひぃ笑いながらも神谷が絞りだしたセリフに、私は固まってしまい、何も言えなくなってしまっていた。

――糸ヶ丘アナは鳴のこと好きなんだ?
――好きとかそんなんじゃ、
――なら、試着室で誰のこと考えてた?

突然の質問に、首を傾げながら着替え中の思考を思い返す。神谷のチョイスは本当に彼の好みで選んだのかとか、テレビ的に大丈夫かとか、あと、成宮の好みかとか。

「ねえかのえさん!聞いてる!?」
「き、聞いているってば、うるさいなあ」
「うるさくない!かのえさんが悪いんでしょ!」
「私は何もしてないのに……」

CMだけでここまで騒がれてしまうだなんて、本放送を見たらどうなってしまうのだろうか。ああ、そういえばクリスマス前には放送がある。またギャーギャー言いに来るんだろうな。そんなことを考えながらも、ふいに、神谷にかけられたセリフが頭をよぎってしまっていた。



(試着室で思い出す相手なら、それはもう好きってことだろ)

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