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「……不覚にも美味しい」
「素直に褒めてくれていいんだよ?」
ずるずると二人並んで成宮が作ってくれたラーメンをすする。普段から作っているわけでもないのに、美味しい。
「餃子は?」
「不覚にも、」
「自覚持ってかのえさん! ガツガツ食べている自覚を!」
「うっ」
悔しいけれど、こちらも美味しかった。多分冷凍の物だろうけれど(何故ならば成宮は冷凍庫から袋をガサガサ取り出していたから)それでも美味しいのは間違いない。
「……ごちそうさまでした」
「ガッツリ食べたね〜」
「明日は摂生するからいいの」
「かのえさん食べても太らないでしょ?」
「食べたら調整しているだけよ」
食べても太らないなんて、若い頃の幻想だ。二十代半ばになると、毎日体重計に乗って気をつけていないと大変なことになる。それに加えて、ありがたいことに毎日収録があるので、むくみですら1日たりとも気を抜けない。本当は、ニンニクもだったけど。しかしすぐに対応すればなんとかなるだろう。
「部屋戻ってもいい?」
「なんで!?食べたら即バイバイなんてひどくない!?」
「歯を磨きたいの」
なんだかやましい関係性のような言い方をされたのが引っかかったが、無視して理由を説明する。成宮は少し考えて、提案をくれた。
「歯ブラシなら予備あるよ」
「部屋隣なんだから戻るって」
「食器くらい片付けてほしいなー?」
「じゃあまた戻ってくるから」
「そう言って逃げるんでしょ!かのえさん酷い!」
「あーもう!じゃあ成宮も私の部屋に着いてきたらいいでしょ!」
(……本当に着いてきた)
私が歯を磨く数分の話なのに、成宮は本当に着いてきた。そんなに私が信用できないのか。とはいえ、いちいちチャイムを鳴らすのも面倒だからこっちの方が楽かもしれない。
にんにくを食べてしまたからいつもより丁寧に歯を磨き、サンダルを履いたまま玄関で待つ成宮に声をかけた。
「おまたせ、皿洗いに戻るね」
「わ、あ、うん!」
「……何してたの」
「何にもしてないよー?」
何も面白いものもないのだが、成宮はなぜか勝手にシューズボックスを開けていた。別に靴しか入れていないから見られても問題ないけど、他人に見せるような場所でもない。
「変なことしてないでしょうね」
「してない!ちょっと玄関の間取り見ていただけ!」
「玄関はそっちと同じでしょ」
いくら部屋数や広さが違うとはいえ、流石に玄関は同じつくりだ。もう充分見ただろうと言って成宮の背中を軽く叩いて、私もサンダルを履き隣の部屋へと向かった。
「そういえば、今日は何で誘ってくれたの?」
「あー……えっと、」
「?」
成宮が運んでくれた皿を、私が洗う。どんぶり2つと餃子を乗せていた大皿1つ、それとたれ用の小皿が2枚。すぐに洗い終わった。
その後私はハンモック、成宮はソファにぐでんと座り、前後に並んでテレビを見ていた。ちょうどローカル番組で近所の店が紹介されていたところだ。
「……やっぱり今日は出直す」
「出直すって、成宮の部屋だけど」
「そういう意味じゃなくて!ちょーーーーっと準備がね、いるんだよ」
「ラーメン以上の?」
「ラーメン以上の!」
「ふうん……?」
よく分からないけれど、そういうなら今度また何かあるのだろう。成宮のつむじを見ながら、とりあえず納得した。
「あ、そういえばあの子から聞いている?」
「誰から何を?」
「うちの後輩、成宮が紹介した社長と良い感じだってさ」
テレビに映った彼女をみて、思い出して話題を振る。
「クリスマスも彼と過ごす〜って自慢されたの」
「じゃあ今年は新幹線飛び乗らせるわけにはいかないね」
「全くよ。でも今年は私も大人しく局にこもりっぱなしだけど」
「えっ」
「うん?」
悲しい予定を伝えれば、成宮が勢いよくこちらを振り向く。そんなに驚く予定でもないだろうに。
「かのえさん、イヴに予定いれたの!?」
「予定というか、仕事ね」
「なんで!?」
「なんでって……深夜収録なんだから仕方ないでしょ」
「……っ俺が今日誘う予定だったのに!」
「そんなこと言われても」
テレビなんて放ったらかして、横向きでソファに座る成宮。背もたれに片腕乗せて項垂れる。なるほど、そのために今日は誘われていたのか。なら準備って一体何なのだろう。
「でも準備がまだってことは、店も予約していないんでしょ?」
「とりあえず抑えはしてあるけど……でもちょっと変えたくて」
「誘えてもいないのに店予約するんじゃないわよ」
店に迷惑をかけるんじゃない。そう叱れば、成宮はしょぼんとする。なんだか罪悪感が湧いてきてしまうが、キャンセル前提に予約を入れるのはよくない。というか、私を誘うつもりで予約したなら、もうキャンセルするしかないのではないか。
「せめてごはんだけでも行きたかったなー……」
「うーん、夜には東京行くから難しいかな」
「東京?」
成宮が少し顔をあげる。そういえば、仕事とは言ったがどこでとは言っていない。24日は昼にレギュラー収録が終わったら新幹線に飛び乗って東京へ行き、向こうのテレビ局で深夜放送に入る。
「東京のテレビ局で、深夜の収録なの」
「……着くの何時で、何時からスタジオ入り?」
「こっちの生放送終わり次第新幹線乗って、深夜1時には局入りかな」
合間の時間はおおよそ4時間。もう面倒だから新幹線で食事をとって、早めに局入りした方がいいだろう。下手に歩き回っても切なくなるだけだし。
「……向こうでちょっとは時間ある?」
「ちょっとはね」
「……かのえさん」
ソファの背もたれから身を乗り出し、成宮が名前を呼んでくる。ハンモックに揺られながら、私は彼を見た。両手を顔の前で合わせて、頭を下げてくる。
「イブの日、数時間でいいので俺に時間ください」
瞬きをして、成宮を見る。首をかしげ、返事をした。
「話聞いていた? 私東京なんだけど」
「俺も東京行く!だから収録までの時間、俺と会って!」
「は?」
「だーかーらー!向こうで夜ごはんしようよ〜って言ってんの!」
そこまではっきり言われてなどいない。
しかし、クリスマスイブ。記者も多い東京。おまけに外食。面倒なことが起こりそうな要素だらけだ。
「……うーん、流石に、」
「イヤ?」
「嫌というか、」
「……駄目?」
ソファの背もたれにあごを乗せ、ちょっと首を傾げて聞いてくる。ぐっと言葉に詰まる。もう年下に甘い糸ヶ丘かのえじゃないんだ。そんなこと言われても、私は揺らがない。揺らがないんだ……!
「美味しいお店、たくさん知っているのに」
そんな言葉に傾いてしまうのは、私が年下に甘いからではない。美味しい物に惹かれてしまうのは、人間の本能だ。仕方がない。
「……絶対撮られない店にしてよね」
「っじゃあ!」
「言っておくけど、ごはん食べたらさよならだから」
「大丈夫!ちゃんとテレビ局まで送って、「頂かなくて結構です」
ちぇ、と言うものの、成宮は嬉しそうにソファに顔を乗せている。私の一言でこんなにも嬉しそうにするだなんて、なんとも簡単な男。
しかし、そんな男の表情を見て楽しくなってしまう私も、簡単な女であると、少しばかり認めてしまうほかなかった。
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