小説 | ナノ


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【今日、会いに行ってもいいですか】


平日レギュラーの収録前、そんな連絡が成宮から入った。わざわざ連絡するなんてめずらしい。連絡先知らなかったから仕方がなかったのかな。いや、そもそも突然押しかけてくるのがおかしかったんだけど。


(成宮が手料理振る舞ってくれるならいいよ、っと)


試しにそんなことを送ってみる。今まで成宮が料理に手を出したのは、お中元の肉を焼いたのと、私が生理痛でしんどかった時に即席麺のうどんを出してくれたくらいだ。ああそれと、私が引っ越ししたばかりの頃、疲れて食事をする気力すらなくなってきた時に振る舞ってくれた、湯煎タイプの野菜スープ。こう考えると、結構作ってもらっている気もする。

だけど包丁は絶対持たないと言っていたし普段は料理をしていないはずだから、出前か何かになるかな。そう考えてのだが、予想外の返事がきた。

【がんばる!麺類で食べたい物ある?】

成宮からの連絡は、思いの外シンプルだ。言いたいことを、文字だけで。私も似たような文章しか送れないのでこの辺りは助かっている。
麺類ってことは、前と同じくカップ麺かな。

(カップ麺か……まあいっか)

少し悩んで返事をして、ソワソワを引きずりながら収録へ入った。




ピンポーン


「いらっしゃいませー!」
「1名ですけど、席空いてますか?」
「相席でもいいなら!」
「背に腹は代えられないわね」

店員よろしくの元気で出迎えてくれた成宮に、茶番まじりで対応する。

「お風呂場の方で手洗って!キッチン今立ち入り禁止!」
「はーい」

言われるがまま、風呂場へ向かい洗面台を借りる。男の一人暮らしにしては物が多かった。メンズワックスなんかも数種類並んでいるし、洗顔料も結構良いものが置いてある。

(歯ブラシは……って、何見てんだ私は)

つい確認してしまった1本だけの歯ブラシ、頭を振って冷静になる。別に成宮の部屋に誰が足を運んでいようと、私は口出しできる立場じゃない。

身体を冷やすように水で手を洗い、かかっていたタオルで手を拭いて出る。成宮はキッチンにいるかと思えば、まだ玄関にいた。

「……何しているの?」
「っなんでもないよ!」
「そんなメジャー持って何もないわけ……あ、間取りの確認?」
「そ、そう!間取り!」
「もう2年経つものね、引っ越さなくても部屋の更新前って考えちゃう」
「分かるー!考えちゃうよねー!」

ニコニコしながらウンウン頷く成宮。物件見るのが好きそうなタイプでもないのだが(いかんせん、この部屋にも散々文句を言っていた男だ)やはり引っ越しを考えるとなればちょっと楽しみになるタイプだったのかな。

「リビングには入ってて大丈夫?」
「いいよー、ハンモック使ってて」
「やった」
「降りられなくなったらすぐに「降りられます」

前回、ハンモックから降りられなくなったことを思い出す。ハンモックに寝たのが間違いで、座るだけなら一人でも降りられる。もう失敗しないぞと決めながらハンモックに座った。

「テレビ付けても大丈夫?」
「いいよー、録画データにかのえさんの番組全部、」
「海外の旅番組みるわね」

チャンネルを変えていけば、ちょうど海外の旅番組が放送されていた。ヨーロッパの、温泉地が有名な国だ。あまり見ることがない国だから、つい見入ってしまう。

「かのえさんできたよー!」
「ありがと、そっち行くね」
「……どこそれ?温泉?」

なかなかハンモックから降りようとしない私に、成宮の方から近づいてくる。テレビを見て、疑問を投げてきた。

「ハンガリーだって、行ったことなくて」
「ふーん、行きたいの?」
「夜景は見に行きたいな、クルージングが有名なの」
「クルージング……」
「いつか高島先生誘っていこうかなあ」
「高島って誰!?ヒゲ!?」
「それは片岡監督」

高校時代の先生だってことは分かったらしい。そういえば、伊佐敷のこともヒゲって呼んでいた気がする。結城の名前は覚えていたし、多分ヒゲ生えている人は裏でヒゲって呼んでいたんだろうな。

「よっと」
「今日は平和に降りられたね」
「私だって学習するのよ」
「よし、じゃあ食べよう!」
「やった、ラーメン!」

運ぶのを手伝おうとキッチンを覗き込めば、どこにあったのかラーメンどんぶりに盛られた醤油ラーメン。具材はシンプルに刻んだネギとチャーシューとメンマ。勝手にカップ麺だと思い込んでいたのだが、ちゃんと茹でて作ったものらしい。疑ってしまった自分に、心の中でビンタする。

「あら、美味しそう」
「でしょ〜? 流石にネギとかは買ってきたやつだけどね」
「ん?」
「どうした?何か見える?」
「……餃子が見える」
「そう!餃子!お姉さん綺麗だからサービスね!」
「餃子……」
「あれ、餃子好きじゃなかったっけ?」
「ううん、すごく好き、すごく食べたい」

すごく好き。休日前に延々作ってひとり餃子パーティーをすることもあるくらいには好き。SNSにも載せたことがあるから、成宮は覚えていて作ってくれたんだろう。ラーメンだけでなく餃子まであるなんて、すごくわくわくする。だけど。

「……明日仕事なのよ」
「えーっ食べないの!?」
「私だって食べたいけど、流石にロケ番組前日にね」

にんにく対策に牛乳飲んですぐ歯を磨いて、口臭用の飴をたくさん食べたら何とかなるかな。……いや、やっぱり駄目だ。

「えー……誰と?イケメン俳優?」
「ううん、プロ野球選手」
「誰!?」
「神谷」

せめて御幸だったら良かったのに。中途半端な距離感である神谷というのがまた悩みどころである。大体、「盗塁王のショッピングを追跡!」なんて番組、アナウンサーが付き添う必要ないと思うのに。

「カルロならいーじゃん」
「いやいや、成宮は仲いい同級生でも、私はそうじゃないの」
「沖縄で一緒にごはんしていたのに?」
「あれは勝手に隣座ってきただけ」
「じゃあ許可取って相席している今日の俺のが上だね!」

その上下の判断はよく分からないが、まあ神谷と比べたら充分仲良くやっている気はする。そんなことよりも、私と神谷の距離感が問題なわけで。

「じゃあカルロに言っておくよ」
「何を」
「糸ヶ丘アナが仕事でモツ鍋食べてたの見かけた〜って」
「全然仕事じゃないけど」
「仕事仲間に付き合わされてーとか言っておけばいいじゃん!」
「……まあ、神谷含めて顔見知りばっかりのロケだし」

しっかり対策すればいいかな。いいよね。よし。

「……餃子も一人前お願いします」
「っしゃ!持ってくる!」
「私も手伝うよ」
「いーの!お客様は座っててー!」

そう言われてしまったので、ありがたくソファに腰かけた。長いソファの奥、右側。左だと当たっちゃうからね。

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