小説 | ナノ


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「糸ヶ丘さん、今年のクリスマスはどうするんですか〜?」
「仕事だけど」
「やだなあ、レギュラーの収録終わってからですよぉ!」
「仕事だけど」
「……ごめんなさい」

毎度おなじみ平日お昼の番組前に、後輩との何気ない会話。今年はクリスマスが金曜日だから、イブよりも25日に予定を入れる人が多いのかもしれない。振ってきた話題は私にとって何も盛り上げられない内容だったが、振ってくるということは、つまり喋りたい話題だ。

「そっちはどうなの?」
「あはっ気になります?」
「別に」
「実はぁ!稲大卒のベンチャー企業の社長と過ごします!」
「……あ、去年の一件の?」
「そうです!騙された糸ヶ丘さん助けたお礼で、成宮選手からの紹介です!」

言い方が少しアレではあるが、確かにこの後輩にはすごくお世話になった。彼女が成宮の嘘に合わせて協力した振りをしてくれたおかげで、私も成宮も無事、世間の噂から逃げられたのだから。

とはいえ。

「結局、成宮選手とは付き合ってないんです?」
「ないね」
「えーっあの人アプローチのひとつもまともにできないんですか!?」

信じられない。言いながらもメイクをする手は止めない後輩。彼女の中では、「長年片思いしていた相手を紹介してもらったのに、未だ連絡先ひとつ聞けていないバカ」というのが成宮の扱いだ。

確かに、去年のクリスマス時点では連絡先を教えちゃいなかったので正しい。でもこの一年で、ひょんなことから連絡先は教えてしまったし、なんならアプローチは散々受けている。が。

「ま、そもそもかのえ先輩が付き合う気ないなら仕方ないですよねー」
「……そうよねー」
「あれ、その口紅って限定のですか!?」
「うん」
「いいな〜!私買えなかったんですよ〜……」
「今日は私使っちゃったからアレだけど、明日にでも使う?」
「今日借りたいです!オソロにしましょ!」

口紅をお揃いで付けるというのはいかがなものか。しかし、何だかんだで年下には甘くなってしまうようだ。今日の収録は、後輩と同じ色の唇で臨むことになってしまった。


***


ピンポンピンポンピンポーン


「かのえさん……今年もお願いします」

そういって成宮が渡してきたのは、乱雑に入った化粧品たち。

「……まーたファン感謝祭で女装するわけ?」
「俺の趣味みたいに言わないで」
「にしたって、新人でもないのに女装させられるとは」
「おかしいよね!?でも去年の俺の女装、人気1位だったからね〜」

人気で1番になることは嬉しいようだ。たとえそれが、女装であろうとも。とか言いつつも「今年も終わったらメイク用品くれるのかな」という浅ましい理由でメイクの依頼を受託した。



「……ん?」
「どしたの?」
「今年はシャネルじゃないの?」

ビニール袋に入ったパッケージは、既に赤色が透けていた。去年の白いパッケージとは別のブランドの気配がする。

「姉ちゃんに頼んだらルブタンの買ってきたから」
「るっ……!?」
「あの店って靴屋だと思ってた、化粧品もあるんだね」

でも全部は揃わなかったから足りないのは去年と同じの買ってきた。そう言いながら雑に赤いラインの入った黒い箱を取り出していく。出るわ出るわ、細長い箱。口紅どころか、単色売りしかないアイカラーまでゴロゴロ入っている。

「……相変わらずの金銭感覚ですこと」
「つっても、かのえさんだって色々買っているじゃん?」
「このメーカーをバカスカ買えるほどではないわね」

未開封の箱を順番に開けていく。本当に、たった一日のためにこんな大人買いをするだなんて。

「ちなみに、ウィッグも今年は新調してさ、」
「あ、そうだ」
「ん?」
「ウィッグ被るつもりなら私の部屋は入らないで」
「なんで!?」

ふと、去年のことを思い出した。メイクはお高い物を買ってきたくせに、ウィッグは安物のパーティー用を持ってきた成宮。おかげで彼奴が帰ってから抜けた毛で大変なことになってしまっていたから。

「ウィッグの抜け毛で大変だったのよ」
「じゃあ今年は俺の部屋でやろ!」
「分かった、他のポーチも持ってくる」
「えっ!もしかしてかのえさんが普段使っている口紅を!?」
「使わせるわけないよね?」

後輩ならまだしも、誰が成宮に使ってやるもんか。そう伝えると成宮は唇を尖らせて玄関へと向かっていった。私も寝室に戻り、何となく使えずも捨てられずもいた、去年成宮の置いていったブラシなんかも一緒に掴んで玄関まで向かう。



「成宮、そんな靴持っていたんだ」
「見たことなかったっけ?」
「いつもサンダルのイメージ」

玄関に腰かけて私を待っていた成宮は、派手なトゲトゲの靴を履いていた。なんというか、”昔イメージしていたプロ野球選手”そのものというファッションだ。

「いつも部屋に戻ってからくるけど、今日はそのまま来ちゃったからね」
「ふーん……うん?」
「?」

私の視線が自分の足元に向かっていると気付いた成宮が、ぐるりと足首を回してくれた。その時に見えた、赤い靴底。

「ねえ、それルブタン……?」
「あったりー!靴は結構買うんだよ」

先ほど以上の反応を見せる私に、成宮はちょっと嬉しそうにする。

「もしかしてかのえさんも好きだった?」
「持ってはいないけど」
「なーんだ、お揃いかと思ったのに」


確かに、靴はたくさんあると言ったことがあるから、私が持っていてもおかしくないと思ったのだろう。それに自分へのご褒美として買えない金額という訳ではない。頑張れば手は届く。だけど。


「すごくヒール高いから、歩き回ったりするのに履けなくて」
「車移動の時にでも履けば?」
「うーん……あんまりそういう機会ないし」

持っていない理由を告げていけば、成宮は「ふぅん」と言いながらこちらを見上げる。流してもらえてよかった。だって。


(ルブタンのハイヒールに何年も憧れているなんて、言ったら笑われそう)


真っ黒なハイヒールでカツカツ歩いて、たまに靴裏の赤がチラリと見える。過去、インタビューしたハリウッド女優がそれを履いて歩いていた姿があまりにもかっこよくて、未だ脳裏に焼き付いている。


「かっこいいなあって、思ったりはするんだけどね」


なんて、軽い感想で会話を終わらせる。どっちにしろ、成宮のはトゲトゲのスニーカーで、別に私がほしいものでもない。よし、と成宮を急かして、楽なサンダルを履いて隣の部屋へと向かった。

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