小説 | ナノ


▼ 65

あの御幸が、ここまでハッキリと自分の意思を示してくれた。だから私も、ちゃんと伝えないといけない。


「……私ね、高校時代は結婚するなら哲がいいって言っていたの」
「……はい?」

「落ち込んだ時に会いたいのはやっぱり沢村かな、元気になるし」
「まあ、少し分かります」

「相談事は小湊兄弟。春市くんも年下だけど、容赦なく意見くれて助かるし」
「春市に相談なんてしていたんですね」


「だけど、くだらない話するのは、御幸が一番多かった」


目を丸くして、こちらを見る。


「私の中で、御幸がどういう存在なのか正直分からないんだよね。御幸何考えているのか分からなかったし」
「割と……さっきみたいなこと考えてましたけど」
「うん、今ようやく知った。昔からそれ知っていたら違っていたかも」

何が”違っていた”のかを、御幸はすぐに察してくれた。眉を下げて、優しそうに笑う。


「……俺も、かのえさんが年下だったら違っていたかも」
「私より年上だったら、先輩面吹かして話しかけてくれた?」
「年齢だけでも俺の方が上だったら、積極的になれたかなーって」
「年齢の問題かしらね」
「……いや、俺自身の問題かな」

そういって、御幸は先に立ち上がっていた。

「聞いてくれて、ありがとうございます」
「私も……ありがとうね」

私も立ち上がり、御幸と並んで歩く。電車はまだ走っている時間だ。私くらいの知名度なら、電車に乗っても気付かれることはない。

「送ってく」
「ん? まだ電車走っているし大丈夫よ」
「駅着いてから5分くらいは歩くだろ、危ない」
「ありがと」

先ほどいざこざしていた相手の助手席に乗るのはいかがなものかと思ったが、ありがたく御幸の車に乗せてもらった。こんな場所じゃ、記者を気にする必要もない。

「そういや、大学のゴタゴタ解決したって言っていたけど」
「解決っていうか……誤解が解けたといいますか」
「なら結婚したいなーって気持ち、戻ったりしていないんですか」
「うーん……どうだろ」

御幸に問われて、少しだけ考える。

「俺は元々結婚願望ないけど、かのえさんは割とあっただろ」
「昔はそうだったけど……今は正直、仕事が楽しくて仕方なくて」
「あー分かるわ」
「御幸も野球が楽しい時期?」
「俺がじゃなくて、かのえ先輩が」

すげー楽しそうにしている。そう言われると、少し頬が緩む。楽しそうに仕事しているって見られるのは、やはり嬉しい。

「でもさ、せっかくなんだから考え方変えてもいいんじゃないですか」
「ま、相手がいればね」
「俺が納得できるくらい、いい男探してくださいよ」
「それは難易度高そうだなあ」

いつもの調子で話をしていたらあっという間に私の家の近くまでたどり着いた。最寄り駅は知っていても、流石に家の場所まで知らない御幸を口頭でナビする。

「ここ、着いた」
「……かのえ先輩、最後にひとつ」
「ん?」

私の家の前で停車した御幸が、ハンドルに右手を乗せながらボソリとつぶやく。

「昔、かのえ先輩のウグイス嬢を褒めたことあったでしょう」
「やだ、何で突然そんな話を、」
「あれさ、言ったのは俺じゃないんですよね」
「……どういうこと?」

随分と古い思い出話だけど、いつの話はしっかり覚えている。だって、私がアナウンサーを目指すきっかけになった出来事だ。


「せっかくかのえ先輩が勘違いしてくれているならって思っていたけど、振られちまったしもう言っていいかなって」
「? 話が見えませんが」

そういうと御幸はいつもみたいな意地悪い笑顔を見せて、とんでもない事実を告げてくれた。





ピンポンピンポンピンポーン


数日後、帰宅した直後にチャイムが鳴る。私はひとつ深呼吸をして、玄関扉を開けた。

「かのえさん!!!」
「……なに?」
「一也と!一也とどうなったの!」

少しドアを開けば、後は勝手に開いた。そういうドアではないのだが、外にいた成宮が勝手に開けたから。

「江戸川シニアの練習グラウンド見て、その後送ってもらった」
「どこに!?」
「実家」
「……っ!!」

口をひらいたまま震える成宮を見て、我慢できない口角が動いてしまう。そんなにも私のことを気にしてくれているんだな。

「……御幸とは何もなかったよ」
「何もないって!?実家にまで行ったのに!?」
「暗いから送ってもらっただけ」
「付き合ってないの!?」
「付き合ってない」

はっきりと告げれば、いつかのようにずるずるとしゃがみ込む成宮。顔を伏せっているので表情は見えないが、去年のように、ゆるんだ顔をしているんだとは思う。

こんな態度をみていると、御幸に教えられたことを思い出してしまう。


(あの練習試合の日、かのえ先輩の声が綺麗って褒めていたの、鳴ですよ)


まさか、私がずっと大事にしていた言葉が、成宮の言葉だったなんて。思い出したら突然恥ずかしくなってきた。外からの風を受けて顔を冷やしていたのだが、ようやく顔をあげた成宮と目が合ってしまう。

「……かのえさん、めっちゃ顔赤いけど」
「えっ!?そ、そうかな?」
「やっぱり一也と何かあったんじゃないの!?」
「ないない、何もない」
「何か言われた!?口説かれた!?」
「な、何も教えてもらってない!」
「教えてもらったって何!?」
「何もなーい!」
「え、ちょっと!」

騒ぐ成宮を押して、玄関から追い出した。ずるずると玄関を背もたれに、今度は私がしゃがみ込む。成宮もそこそこ粘ってドアを叩いていたが、少ししたら落ち着いたのか、ようやく静かになった。あとで見たらケータイへ鬼のように連絡が入っていたんだけど。でもよかった。流石に今は、いつもみたいに居られない気がする。


だって、多分――成宮のこと、好きになっている気がするから。

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