小説 | ナノ


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「あれ、かのえさん今日休みじゃなかった?」
「明日東京だから、前乗りして実家泊まるの」

ちょうど玄関を出たタイミングで成宮と出くわす。私の持っている、いつもより大きなバッグを見て疑問を持ったらしい。向こうは服装を見るに、トレーニング帰りだろうか。普段通りの声色を意識して、鍵を締めながら成宮に返事をする。

「何かあった?」
「ううん、家族に何かあったとかじゃなくて、予定入っちゃったから」
「誰と?どこで?」

「御幸と、地元で」

ガチャンと、鍵のかかる音が響く。引き抜いて鞄に閉まって顔をあげれば、成宮は唇をきゅっと閉じてこちらを見ていた。

「……忘年会、一也いないんじゃなかったの」
「よく忘年会の時に約束したって分かったわね」
「茶化さないで」

成宮はまっすぐこちらを見て聞いてくる。

「収録早く終わったから来られたんだって。帰りも送ってくれたんだけど」

さり気なく、二人きりの時間があったことを伝える。大所帯の場ではできない会話をしたというアピールのつもりで。成宮は案外察しがよかった。

「一也と付き合ってんの?」
「飛躍した質問ね」

「飛躍してないでしょ」
「……知ってたんだ?」

「、それは!」

御幸が私のこと、好きだったこと。成宮はやっぱり知っていたらしい。

それでいて、成宮は御幸に私のことを相談していたのか。暗に仄めかして、問う。成宮は決まりが悪そうに下唇を噛むだけだ。

「……御幸とは付き合ってないよ」
「じゃあ今から会うのはどうして?」
「御幸がちゃんと話したいって」
「……そう」

東京へ戻って、御幸と会って、そのまま実家に一泊。東京での特番収録が深夜を回るので、この部屋に戻ってくるのは明後日の仕事終わりだ。

「成宮、明後日もトレーニング?」
「そうだけど……なんで?」
「何となく」

何となく、帰ってきた時にいるかなあと思って尋ねてみた。じゃあいるかな。約束はあえてしない。じゃあねと言って、私は成宮を背に歩き出した。


***


「わー懐かしい!暗い!」
「すみません、こんな時間しか都合つかなくて」
「仕方ないって、私も御幸も仕事不定期だし」

地元に戻ってきたころには、もう真っ暗になっていた。下手すれば通報されそうな時間だけど、私たちが歩いているのは人のいない河原沿い。江戸川シニアが練習しているグラウンドだ。

「かのえ先輩、昔から現れるの不定期でしたよね」
「いつの話よ」
「シニアの応援している話」

また随分と懐かしい話題だ。

「家遠いもの、お兄ちゃんよく通えてたなあ」
「お兄さん、元気にしていますか?」
「うん。奥さん……義姉さんっていうべきかな?無事に子ども産まれてさ」
「いよいよかのえさんもおばさんですね」
「うるさいな」

この間とは違い、御幸のすぐ隣を歩いているので、わざと肩をぶつけてやる。大袈裟に反応する御幸に笑ったりしていた。

「はー……でも子どもかー」
「御幸って小っちゃい子好きだっけ?」
「そういうわけでもないですけど、周りも結婚して子供産んでいるので」
「あー感化されたりするわよね」
「かのえ先輩も?」
「私は独身貫くって決めているから」
「……そうですよね」

御幸には結婚願望があったのか。意外だった。だってそうでもないと、私に「恋人の振りをしよう」なんて提案しないと思っていたから。だけど、その考えは間違っていた。

河原を降りて、グラウンドに入る。暗いけれど、ベンチの近くは街灯の光が届いているので少し明るい。

「私、ベンチって初めて入るかも」
「シニアの時は遠くから見ていましたもんね」
「というか、人生初?」

御幸と並んで、一塁側のベンチに座る。よく監督がいるような、見やすい前の席。こんな景色なんだ。長いベンチの、端と端。何とも言えない距離感で、御幸と会話する。


「そっか、記録員はクリス先輩でしたっけ」
「マネージャーが入る時も貴子だったし」
「応援席でよく仕切ってくれていましたよね」
「御幸はほとんど居たことないけど」

「でも、かのえ先輩の応援はよく聞こえてました」

薄暗いのと、彼がグラウンドを見ているのとで、御幸の表情はよく分からなかった。ポケットに手を突っ込んで、だらしなく座っている。今の御幸がベンチでこんな座り方をしていたら、絶対バッシングされるだろうな。

「昔は”糸ヶ丘さんの妹だ”ってことしか考えていなかったんですよ」
「うん?」
「高校入ってからも、野球好きなんだなーってくらいのイメージで」
「……私ってそんなに影薄い?」

別にキャラが立っているとは思えなかったが(何せ青道の同級生はキャラが濃い)そんな印象だったとは。少ししかめっ面をしていれば、御幸は小さく笑った。

「二年の時かな、鳴からかのえ先輩のアドレスを聞かれたことがあって」

そういえば、成宮は「誰も連絡先を教えてくれない」と言っていた。考えてみれば御幸にも聞いていたはずなのに、教えていいかを聞かれた覚えはない。御幸の判断で断っていたんだ。

「鳴に教えられないって返事した時に、気付いたんです」
「何を?メアド知らないって?」


「かのえ先輩を好きだってこと」


こちらが黙っていると、御幸はベンチに深く座り直して、両ひじを太ももに乗せ、俯いたまま喋り続けた。

「つっても、かのえ先輩って友だち多くてクラスの中心って感じで、付き合うとか全然想像できなかったんですよ。大学入ったらミスコン選ばれたりしているし。だから憧れの人って感じだったんだけど、その……結婚しない宣言聞いて、」


言いにくそうにしているのは、「糸ヶ丘を落とせるかゲーム」の話だ。そういえば、御幸は当時のことを知らなくて、あとから知ったと言っていた。


「俺もそこまで結婚願望なかったけど、このまま”かのえ先輩と仲いい男友達”の枠に収まって、もしもかのえさんが結婚したいって思った時に、ちょうどいい男になれねえかなって、恋人の振りなんて提案したりして、」


「だけどかのえ先輩は本当に結婚する気なさそうで、それならそれでいいやって思っていたんですけど……やっぱり駄目だわ」


少し間をおいて、御幸はハッキリと告げる。



「やっぱり、かのえ先輩のことが好きです」



俯いたまま、御幸はそう、呟いた。

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