小説 | ナノ


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「糸ヶ丘は今日どうするの?」
「私は歩いて行ける場所にホテル取ったの。小湊は?」
「俺は二件目」
「そっか、幹事さんいつもありがとうね」
「で、ホテルってどこの辺り?」
「すぐ近くだから大丈、「大丈夫じゃない」
「……交番越えたとこです」

幹事の小湊は、こうして女性陣の足取りはしっかり確認してくれる。こういうところが、小湊のかっこいいところ。

実家住まいを続けている後輩は車持ちのクリスが送って、一人暮らしの貴子は終電間に合うので同じ方向の伊佐敷に声をかけていた。私は徒歩だから、誰か帰る人を探してくれている様子だ。

「御幸、お前今日どうすんの」
「明日早いんで、タクシー拾って帰るつもりです」
「じゃあ糸ヶ丘送ってからにして」
「ちょ、小湊」
「糸ヶ丘だって、どうせ撮られるなら沢村よりマシでしょ」
「呼びましたかお兄さん!!!」
「呼んでないよ」

二件目に付き合う気満々な沢村が割り込んできたが、小湊は軽くあしらう。そして小湊は、私に近づいてきたかと思えばくいと胸ぐらを掴んできて、そして私に耳打ちした。


「お前たち、ちゃんと話し合った方がいいと思って」


私が目を丸くすれば、小湊はにっこり笑った。



***



「ごめんね、なんだか妙な役を」
「気にしなくていいですよ、どうせあの場所じゃタクシー拾えなかったし」

御幸と二人で歩くのは、いつ振りだろうか。
こんなところを記者が張っているとも思えなかったが、念のため公園沿いの広い道を歩く。裏路地だと返って怪しいから。

「御幸も年末年始でテレビ出演たくさんある?」
「かのえ先輩ほどじゃないと思いますよ」
「またまた、優勝チームが何を」

両手広げても当たらなさそうな距離を開けて、並んで歩く。風が吹くと、冬が冷たくて気持ちよかった。アルコールを摂った私にはちょうどいい。

「かのえ先輩、今年もキャンプは沖縄ですか?」
「うーんどうだろ、フリーアナウンサーだから結構仕事も突然なのよね」
「そういうもんなんだ?」
「そういうもんなのよ」

だけど流石に今年はもう呼ばれないかな。成宮のチームの取材は賛否あるので入れないし、春からレギュラー番組も変わるので、下準備で忙しそうだ。

「仕事が不定期かあ、フリーアナウンサーって大変ですね」
「年末は今の段階で収録予定ビッシリだけどね」
「クリスマスも?」
「クリスマスも」
「うわー、可哀想」
「クリスマスに生配信に付き合わされていた人よりかはマシだろうけど?」

そういって、成宮とのネックレス事件を自ら掘り返す。御幸も一枚噛んでいたはずだ。御幸もまさか私の方から成宮の話題を振られると思っていなかったんだろう。驚いた様子でこちらを見る。

「……あれから鳴と仲直りできたんですね」
「向こうから聞いたの?」
「ざっくりと」
「そう……うん、まあ別に仲良かったわけでもないけど、」

ごたごたは収まったかな。そういえば、御幸は白い息を吐きながら「そっか」とつぶやいた。お酒を飲んでいないけど、鼻が赤くなっている。

そうこうしている間に、私が泊まるホテルが見えてきた。無茶なスケジュールを入れられたから良いホテルに泊まってやろうと予約した、結構高級なホテル。

しかし、ホテルが近いと気付いたはずの御幸の歩くペースが、少し遅くなる。

「今日の純さん、荒れてましたね」
「顧問って大変なのね、伊佐敷先生も頑張っているのよ」
「そういえば哲さんと最近会いました?」
「うん、ちょーっと大学時代のいざこざ解決する時にね」
「いざこざ?」

ホテルの目の前に着いたのだが、ちょうど難しい話題になった。すぐ隣の公園入り口にあった車除けのポールに私は腰かけ、御幸は少し離れたところに立って話を聞いてくれた。

「色々あったでしょ、私」
「かのえ先輩を落とせるかってやつ?」
「そうそれ。その時の人があらためて謝りたいって」
「立ち合いに哲さんってこと?」
「やっぱりこういう時は結城よね。未だに頼っちゃう」

本当は成宮に声をかけていたんだけど、それはまあ、黙っておこう。
私はようやく本当に解決したとスッキリしている話題だったが、御幸の顔は、成宮と似たような表情を見せている。

「……かのえ先輩は、納得できましたか」
「うん。ちゃんと当時の事も話してもらえてよかった」
「なら俺が口出しすることはないですね」
「安心してくれていいよ。もう完全に吹っ切れているから」

そういって私は立ち上がり、いよいよホテル行こうと歩き始める。だけど御幸は動く気配がない。

「ねえ、御幸」

私の問いかけに、ようやく御幸が目を合わせてくれる。やはり、表情が見えると相手の考えていることが分かりやすい。


「私、気付かない振りしたままの方がいい?」


何が、とは言わない。だけど御幸も分かっているはずだ。
小湊も気付いていたから、私たちを二人きりにしたんだと思う。

「……なんのことですか」

もしかしたら御幸もこの事を話そうとして普段よりゆっくり歩いて話題を探っていたんだと思った。だけど、御幸は白を切る。

「……ううん、何でもない」

否定の言葉を返されたなら、私もそれに乗るしかない。なかったことにしたいのなら、私も知らぬ顔していた方がいいだろう。そう思い、「じゃあ、」と別れの挨拶をしようとしたのだが、このタイミングでようやく御幸が口を開いた。


「――すみません、嘘です」
「ん?」
「……いつから気付いていたんですか」

完全に歩みを止めた御幸が、車除けのポールに腰かける。俯いているので、表情は見えない。

「……御幸さ、赤くなるからお酒は飲まないって言うでしょ」
「そうっスね」
「だけど昔絶対飲んでいたなーって思って、さっき貴子にも確かめたの」
「……あー……」

嘘がバレて、バツが悪そうにする。でも、その嘘っていうのはアルコールに強いかどうかではない。


「そしたらやっぱり、成人してすぐ小湊に飲まされていたって」

「全然顔変わらないから、他の人は御幸が飲んだこと気付いていなかったのかもしれないけど、」


そう、御幸は別にアルコールに弱いわけじゃない。むしろすごく強いはずだ。だから、ビールくらいで酔ったりしないだろう。なのに。


「なのに、あんな表情みたら、ね」


優勝祝いのビールかけの日、私とキスしてしまった御幸は、泣きそうな顔で真っ赤になっていたのだから。

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