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「おっ!人気アナウンサー8位の登場だぞー!」
「伊佐敷、そういうの要らないから」

東京での特番収録が終わり、青道の忘年会に合流した。前回参加した時は地方だったので人数もそこそこだったが、流石地元開催、店舗丸ごと貸切とは。

「小湊、ここ空いてる?」
「いいけど、めずらしいね」
「何が?」
「年下大好きな糸ヶ丘が俺たちのテーブルに来るの」

からかうように、そんなことを言ってくる。こちらが不満そうな顔をすることは分かっていたのだろう、機嫌を直すようにと、既に注文してあったビールを渡してくれた。

「後輩たちが呼んでくれるから行くの」
「ほんと世話焼きだもんね」
「そう? どっちかっていうと迷惑かけている方だけど」
「糸ヶ丘レベルじゃ迷惑に入んねーよ! 今どきの学生なんてなあ!」
「……伊佐敷先生は出来上がっているわね」

斜め前から叫ぶ伊佐敷に軽い返事をしながら、少しだけ残っていた刺身に手を伸ばす。店を選んだのは毎度のことながら小湊だという。彼の店選びに、間違いはない。

「やっぱり小湊の選ぶ店に間違いはないわね」
「人気アナは高級店の味に慣れちゃっているんじゃないの」
「小湊は私が人と食事しないこと、よく知っているでしょう」
「へえ、じゃあ成宮は人じゃないんだ?」
「成宮とも何もないわよ」

グラスを傾けて冷静を装いながら、小湊の方を見る。正面に座る同級生たちは、暴れる伊佐敷を抑えるのに必死だ。


「裏手通りの日本料理店」
「ゴフッ!」


言われて、思わずむせてしまった。そういえば、小湊は今同じ地域に住んでいるんだった。

「汚いな」
「ご、ごめん……でもなんで」
「俺も居たから」

まさかトヨさんに紹介してもらって成宮と行ったお店に、小湊も居ただなんて。入店から個室まで、完全にプライベートを守るタイプの店だったのに。

「あんなデカイ声で入店してきたら、個室でもバレるよ」
「……うるさくてすみません」

そういうことか。まさか私と成宮の会話のせいで気付かれるだなんて、思いもしなかった。今度から気を付けよう……いや、今度なんてないけども。

「糸ヶ丘の場合は、声が特徴的だからね」
「えっどういう意味なの」
「聞き取りやすいし、覚えやすい。普通に褒めてあげているんだよ」
「ならよかった、ありがとう」

アナウンサーとして、「声が特徴的」と言われるのは判断に困ってしまう。しかし、思いの外優しさにあふれた誉め言葉だったようだ。小湊に褒めてもらえると、ついニヤけてしまう。

「つーか糸ヶ丘!お前東京代表の取材で稲実選んでんじゃねーよ!」
「選んだの私じゃないよ伊佐敷」
「あと!成宮選んでんじゃねーよ!」
「選んでないわよ」

酔っ払いの伊佐敷がこちらにまで絡んできた。ああもう、こうなった伊佐敷は本当に面倒くさい。タイミングよく相づちを打ってあげながら、ちょっとずつ残っている大皿をさらえていく。

「純はこの間からずっと『成宮に糸ヶ丘を盗られた』って騒いでいるんだよ」
「この間って、例の生配信?」
「ううん、糸ヶ丘が飲み会に成宮連れてきた日」
「……なーんでまたそんな前から」

私が取りやすいように、奥の皿も近くに寄せてくれる。テーブルを開けたいのは幹事の小湊も同じだったようで、二人で中途半端に残ったサラダやおつまみを食べ進める。

「でも俺もあの時は疑ったよ、てっきり結婚相手ですって紹介かと思ったし」
「なんで!?そんなわけないじゃない!」
「成宮が糸ヶ丘狙いなのは、高校生の時からだったし」

指摘されて、思わずぎょっとする。なんでそんな前からだって知っているんだ。

「なんで糸ヶ丘は驚いた顔しているの」
「だって、そんなことまでよく気付くなあって」
「一目瞭然でしょ、あいつすぐ糸ヶ丘にちょっかい出すし」

私本人は社会人になって、成宮から直接言われるまで気付いていなかったのに、周囲に気付かれていたなんて。

「でも、成宮は貴子にだって声かけていたでしょ?」
「藤原に直接聞いてみれば?」

聞いたところで何が分かるというんだ。そう思いつつも、枝豆をぽつぽつ摘まんだ。私たちの会話が一括り終わったタイミングを狙ってか、それとも全く無関係にか、伊佐敷がまた絡んできた。

「糸ヶ丘には成宮なんて駄目だ!同じプロなら御幸でいいだろうが!」
「御幸とも何もないから」
「キスはしていたよね」
「してないってば」
「へえ? じゃあ御幸にも聞いてみようか」
「へ?」

バカでうるさい伊佐敷と、冷静で静かな小湊のダブルパンチによって、やいのやいのと御幸の話題にされてしまった。とはいえ、今日は来ないと言っていたから大丈夫。そう思ったのに。


――ガラッ


「うわー、皆さん出来上がってますね」


寒さで鼻を赤くした御幸が、ちょうど現れた。でろんでろんに酔っぱらった伊佐敷を見て苦い顔をして、私の方を見ていつも通りの表情で頭を下げて、幹事である小湊に声をかける。

「間に合ってよかったね」
「思ったよりも収録が早く終わって」
「ケッ!優勝チームのキャッチャー様は引っ張りだこかよ!」
「ははっありがとうございます」

マフラーを外しながら、伊佐敷をたしなめる御幸。コートくらい脱いでから上がってきたらよかったのに。そう思いながらハンガーを持ってきて御幸の方に手をのばす。

「御幸、コートかけるよ」
「ありがとうございます」

受け取ったコートの下で、手が触れる。御幸は何でもない様子で、マフラーも託してきた。

「御幸ィ!てめぇも今日は飲め!」
「いやいや純さん、俺飲めませんって」
「ったく、なんで酒には弱ぇんだよ!」
「純さんも大概弱いですからね」
「あぁん!?」

既に目が座っている伊佐敷を煽る御幸。面倒になるからやめてくれと思うのだが、小湊はさらに面倒な質問を御幸に振る。

「……で、御幸は糸ヶ丘とキスしたの?」
「亮さんいきなりですね」
「したの?」
「してませんって、ねえかのえ先輩?」
「……うん、してないよ」

ハンガーをかける私を見上げて、いつもの声色で喋りかけてくる御幸。肯定して座ろうとするが、私のいた小湊の隣に御幸が落ち着いてしまった。


そろそろ席を移動しようかと、空いている座布団を探す。ちょうど空いていたのは、背後のテーブル。貴子の目の前。

「かのえ、こっち空いている」
「貴子久しぶり!元気してた?」
「ええ。かのえは相変わらず忙しそうね」
「んー特番多かったから色々出ていたけど、今は結構自由にしているよ」

貴子の席には、気の使える同級生たちが集まっている。気の使えるメンバーばかりなので、私たちが女子トークを始めると二人での会話を楽しませてくれた。

「それで、成宮くんとはどうなの?」
「……貴子までそういうこと言う?」
「だってあんな公開告白あれば、誰でも気になるわよ」
「ないない」
「さっき小湊くんからも何か言われていたみたいだし?」

そう言って楽しそうに笑う貴子。盗み聞きはよくないぞ。

「あれはトヨさんに食事誘われたからついて行っただけ」
「トヨさんって司会者の? そっか、成宮くんのチームの大ファンだものね」
「貴子こそ、何か面白い話ないの?」
「かのえみたくネットニュースになるような話はないかな?」

バリバリキャリアウーマンとして働いている貴子は、プライベートの服装もかっこいい。スッと通った瞳が強くて、今でも私が理想とする女性像のままだ。

そういえば、ふと先ほど小湊としていた会話を思い出す。



「ねえ、貴子も学生時代に成宮から声かけられていたよね」

そう、私がそもそも成宮を”女好き”と思ったきっかけはコレだ。

兄の応援でシニアを観に行っていた時は、同世代の女子なんて私しかいないから気にしたことがなかった。(成宮に関していえば、この頃からママさんたちからモテていたけれど)しかし、高校に入ってからは、気付いたら私以外にもマネージャーに声をかけている様子をよくみていた。

ちょっとからかってやろうと貴子にそんな話題を振ったのだが、逆に貴子はニヤニヤして私の方をみる。

「あれはね、”かのえちゃんどこにいるのー?”って聞かれていただけよ」
「……は、」
「成宮くん、昔からかのえのこと大好きよ?今もっていうのは驚いたけど」

自分からその話題を振ってしまったことに、バツが悪くなってしまう。私がしょっぱい顔をしていることに気付いた貴子が、優しく笑って話題を変えてくれた。しかし。

「そういえば、御幸くんとはキスしたの?」
「その話はもういいから!してません!」

さっき盗み聞きしていたんじゃなかったのか。私が声を荒げれば、今度は楽しそうにケラケラ笑った。

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