小説 | ナノ


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ラブストーリーは、突然起こるものである。


「優勝おめでとうございます!」
「いやぁ〜!糸ヶ丘アナのおかげです!」
「それは違いますけども!」

大声。爆音。どんちゃん騒ぎ。優勝チームのビールかけというのは、こんなにも荒れ狂っているのか。ひしめき合うプロ野球選手たちの間をかいくぐりながら、コメントを貰うべく、どうにかエースの元へとたどり着いた。

そう、優勝チームの――御幸のチームのベテランエースだ。

「糸ヶ丘アナもビール足りてないよね!」
「ちょ、!もういいです!充分かかっています!ってば!ぎゃー冷たい!」

ベテランエースから更にビールをかけられ、もう全身ビショビショになっている。しかし、これでコメントがもらえるなら……そう思っていたのだが、このベテランエース、こちらを見ない。

「あのっ!コメントを!」
「コメントなら俺の女房がやってくれるって〜おい御幸!」
「わっ何スか急に!」

ベテランエースが、通りかかった御幸の襟首をつかむ。不意打ちで止められた御幸は、バランスを崩した。

「ちょ、引っ張らないでくださ……ぅおっと!」

「――え、」


酔っぱらっているものの、エースの腕力は強い。そのまま私の方へ投げられた御幸は――



***


【御幸選手×糸ヶ丘アナウンサー、鉄壁コンビのキスは事故か故意か!?】


ピンポンピンポンピンポーン


「……ねえかのえさん、どういうこと」
「どうと言われましても」

早朝、スポーツ新聞を買ってきた成宮が三面記事を指さしてそんなことを言ってくる。小さく掲載された記事には、私と御幸がキスする寸前の写真。

「不慮の事故よ」
「ってことは、やっぱりチューしたの!?」

あのビールかけの日、バランスを崩した御幸は私の方へ倒れこんでいた。咄嗟に抱きかかえようと思った私は、彼を抱きしめる形で下敷きになってしまったのだが(当然だ、体格を考えるべきだった)その時に、不慮の事故が起こってしまった。

「……不慮の事故なのよ」

ちなみにこの見出し、「故意」の部分に小さく「恋」という文字が重ねてある。誰だ、こんな上手いこと考えたのは。

ふざけた記事にため息をついていた私だけど、私以上に不安定になっている男をみて、少し冷静になる。そう、成宮だ。

「信じられない……っ!かのえさんの唇を、一也なんかに……!」
「そんなこと言われても、偶然なんだから仕方ないでしょ」

3人掛けのソファを一人で占領している成宮は、泣き真似をしながらうつ伏せて喚いている。私は座る場所を盗られてしまったので、仕方なくソファの後ろに立ち、成宮の背中に新聞を広げて記事を読む。どちらかと言えば、せっかくの優勝記事なのに、こんな話題も載ってしまって申し訳ないという気持ちが大きい。

「……これ、御幸のファンに刺されないかな」
「俺のファンにすら刺されてないから平気でしょ」
「だって成宮のは完全片思いってみんな知っているし」
「じゃあ一也とは両想いなわけ!?」
「そうじゃないけど」

そうではないが、流石に事故とはいえ人気イケメンキャッチャーとキスをしてしまったわけで。成宮と違って浮いた噂が私とのガセネタしかなかったような男だ。もしかしたら、元々恨まれていたりしたかもしれない。

「かのえさんなんて刺されちゃえばいいんだ……」
「酷い言われようね」
「今から俺と事故ってくれたら言わない」
「事故りません」
「つーかなんでよりにもよって一也と……っ!」

よりにもよって、なんて言われても。まるで他の人の方がマシだったかの言い方だ。そんなことを考えながらスポーツ誌をめくっていく。

「……前から思っていたんだけどさ、」
「……何さ」
「どうして成宮はすぐ御幸と比較するの?」
「だってかのえさんと同じ高校だし」

同じ校区だったとか、シニアの時からの因縁だとか、そういう話題かと思ったのに。なにやら逸れた返事がきた。

「学年違うからそこまで交流ないよ」
「でも俺よりよっぽど付き合い多かったじゃん」
「それを言うなら、結城の方がよっぽど喋るし頼るけど」

自分で言うのもあれだが、結城には昔も今もお世話になりっぱなしだ。私への好意を中心に誰かと比較するというのならば、結城が一番適切だと思う。別に私が結城を恋愛対象として見ているわけでもないのだが。

「……哲さんは、かのえさんのことそういう風に見ないでしょ」
「そういう風って?」
「異性として見ているかどうか」
「それを言ったら、」

そこまで言って、口を閉ざす。不思議に思った成宮が、背中に乗っていた新聞を床に落として起き上がってきた。ソファへ横向きに座り、キョトンとして私の方を見る。

「……別に、誰がそういう風に見ているかなんてしらないし」
「かのえさんが自覚ないだけかもしれないけどね」

私の返答に納得してくれた成宮は、テレビの方に向き直り勝手にニュースを見始めた。案の定、昨日のことが取り上げられていたし、成宮は舌打ちをした。

「哲さんとは今も会っているんだっけ」
「来月、忘年会で会うよ」
「11月に? はやくない?」
「12月は仕事の忘年会がみんな立て込んでいるんだって」
「ふーん、誰が来るの?」
「いっぱい。沢村の学年まで呼ぶかな」
「ふーん」
「御幸は来られないってさ」
「……あっそ」

昨日のビールかけの様子が、スローモーションで放送された。メインキャスターが「これは触れていますかねー?」が楽し気に話している。うるさいな、どっちでもいいでしょ。

「今日の放送でつつかれるかなー……」
「なんて言うわけ?チューしましたーって?」
「言うわけないでしょ。当たってないって言い張る」
「当たってないの!?」
「……御幸が当たってないって言い張ったから」

相手がそう言い張るなら、私も同じコメントを言った方がいいだろう。齟齬が出ると、マズイことになる。

「一也酔ってすっげー顔赤いし、チューしたのも気付いてないんじゃない?」
「……そうかもねー」
「俺なら絶対忘れないのになー……あっ!本当に当たっていなかったり!?」
「ソウカモネー」
「……それはなさそうか」

俺も優勝したらかのえさんと事故チューするのに。なんて言いながらチャンネルを変えていく成宮。絶対事故でキスなんてしないんだからと思いながら、私と御幸のニュースを他人事に観ていた。

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