小説 | ナノ


▼ 59

ピンポンピンポンピンポーン


「かのえさん!あげる!」

成宮の声とともに、ふわっと良い香りが届いた。チェーンを外して大きく扉をひらけば、視界が黄色に包まれる。

「花束?」


***


とりあえず受け取って、包んである英字新聞をそっと剥がす。そうしている間にも、成宮は勝手に私が私のために作った唐揚げを口に運び続けていた。

「ちょっと、唐揚げ全部食べないでよ」
「ふぁふぁったー!」
「”分かった”なら良し」

口いっぱいに唐揚げを詰めた成宮だけど、ちゃんと注意に耳は傾けてくれたようだ。

「でもどうして突然花束?」
「今日撮影でさ、終わったらお疲れ様〜ってもらった」
「えっ」
「ん?」
「頂き物なの?」
「うん」

そう尋ねれば、平然と首を縦に振る成宮。私は丁寧にほどいた包装を、もう一度元に戻していく。

「頂き物なら持って帰りなさい」
「えー!花とか要らないんだけど!」

私が成宮に返品しようとするも、受け取ろうとする気配がまったくない。だけど、成宮のために準備してもらった花なんだから、成宮自身がちゃんと愛でてあげるべきだと思う。

「つーか花瓶とかもないし」
「貸してあげるから」
「えー……」

ぐだぐだ文句を言いながら、私の分を残す気があるのか分からないペースで唐揚げを食べ続ける成宮。仕方がないので、キッチンに回り、水を貯めてハサミで茎を切る。余っていた花瓶にバランスよく飾って、唐揚げの置いてあるダイニングテーブルへそれを置いた。

「ほら、花瓶ごとあげるから」
「ったく、仕方ないなあ」
「なんで上から目線なのよ」

仕方ない、と言いながらも成宮は飾られた花を眺めている。ちゃんと成宮をイメージして作られているのだろうか、小さめのひまわりを中心に黄色で彩られた花たちは、よく似合っているように見えた。


「成宮って、ひまわり似合うよね」
「そう?へへっ」
「なんで照れるの」
「前にも言われたなーって」
「他の人にも言われたことあるんだ?」

「……は?」

男性を花に例えるのはいかがなものかと思ったが、前にも言われたことがあるらしい。成宮って高校野球のイメージ強いから、自然と夏っぽいイメージになっちゃうのかも。ああでも小湊なんかは屋内で育てるような花の方が似合うかな。

なんて考えていたら、成宮の機嫌はまた突然下がっていた。

「……かのえさんって俺とのやりとり、全然覚えてくれてないよね」
「ん?」
「ひまわり似合うって言ってくれたの!かのえさんなんだけど!」
「……そうだっけ」

私も唐揚げを食べようとダイニングテーブルへつく。そんなこと言ったっけな。頑張って過去を振り返って、ようやくやんわりと思い出す。

「あ、シニアの時」
「思い出せた!?」
「登板なくて拗ねてた日よね」
「思い出し方!!」

そうだけどさ、と声を荒げる成宮。唐揚げを頬張りながら考えていたら、ようやく思い出した。そういえば、私が中学生の時に、中学上がりたての成宮を見かけたことがあった。

投げるかもしれないから見ていてと言われ、でも結局マウンドに上がることはなくて。不貞腐れた成宮といるのが気まずくて、思いついたことを言った。気がする。


「……俺はずっとヒマワリ好きで、周りにも言っているくらいなのに」
「あーもうごめんって、ブツブツ言わないでよ」
「だって俺への愛が!薄いから!」
「いや、そもそも存在しないから」

なぜある前提になっているんだ。ああでも。


「でも、成宮からカナリアって言われたのはすごく覚えてる」


声を褒められること、この業界に入ってからは何度もある。だけどアナウンサーになる前から知っていてくれる人に褒められると、やはり感じ方が違うのかもしれない。

「多分、カナリアみたら、成宮のこと思い出しちゃうかも」


(成宮がヒマワリを見て私を思い出すように)

なんて、小恥ずかしいことをこぼしてしまったと、口を滑らせてから気付く。不味いと顔をあげたけれど、成宮は唇を尖らせていた。鳥みたい。

「カナリアなんて見る機会なくない!?」
「まあ……それはそうかも」
「もっと頻繁に……そう!鳥なら唐揚げ!唐揚げ見たら思い出して!」
「それは無理でしょ」

唐揚げなんて、今までの人生で散々遭遇してきた。既に色んな記憶がある。青道の食事量に慣れていなかった御幸が自分のからあげをこっそり川上の皿に移そうとしていて注意したり、一人暮らしを始めた伊佐敷が真っ黒こげな唐揚げを作ってくれたり、練習試合の遠征先でマネージャーみんなでテイクアウトのおへ店行ったり。今更成宮を思い出すようにはできない。

「じゃあ何だろ、箸とかでもいいよ」
「成宮と箸に何の関係があるの?」
「俺って箸ばっか使っているでしょ?」
「言われてみれば」

確かに、成宮ってナイフとフォークで食べるようなものでも「箸がいい」ってわがまま言ってくることが多い。でも、言われて気付いたくらいだ。別に箸みて成宮を思い出すほどでもない。どちらかといえば牛丼屋で食べている途中に握力ゆえか割り箸を折ってしまったクリスの方が印象深い。


「じゃあどうしたらかのえさんの記憶に残れるのさ」
「そうねー……とりあえず唐揚げ全部食べられた恨みは残るかも」
「……あっ」

私が食べ始めた間にも、成宮は倍のペースで食べ続けた。結果、私は2個しか食べていない。全然お腹にたまっていない。

「ご、ごめん、ほら揚げたての唐揚げってすっげー美味しいじゃん?」
「私も同意見よ」
「それにかのえさん料理上手だし……わーっごめんって!追い出さないで!」

成宮の襟口を掴み、立ち上がらせて玄関まで連れて行こうとする。結局、近くの総菜屋さんまで走るという成宮に妥協してあげて、もう一度部屋に上げることを許してあげた。

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