小説 | ナノ


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「消えたい」


成宮はそう言って、愛車のハンドルを抱きしめるようにして顔を伏せている。助手席に座る私は、先ほどの出来事を思い出して小さくため息をついた。

「まさか楽屋に突撃してくるなんて」
「もう言わないで」
「人の話、聞かないからでしょ」

呆れながらも私が彼の隣にいる理由は、大先輩からのお誘いがあったからだ。

「落ち込むのはいいけど、運転はしっかりしてよね」
「そりゃかのえさんを乗せているんだからちゃんとするって」
「大先輩との食事なんだから、絶対遅刻しないでよ」

どうやら私と成宮の関係性が気になったとのことで、食事のお誘いを受けてしまったから。散々業界の飲みを断っている私でも、流石にこればかりは首を横に振れなかった。

「あーでも今からも絶対その話になるじゃん……!」
「そうでしょうね」
「えーやだもう行きたくない!」
「わがまま言わないで」

ナビをすべくケータイを握りしめながら、ルートを確認する。徒歩での移動は調べ慣れているけれど、車のナビはあまり経験がない。大先輩が待っているので、騒ぐ成宮を無視して画面を食い入るように見つめる。

――プルルルッ

そうしていると、ケータイ画面がパッと切り替わった。電話だ。


「はい、糸ヶ丘です。お疲れ様です。ええ、彼の車に……えっ!?」

突然、とんでもないことを言われ、思わず声が大きくなる。成宮もゆっくりとこちらを見た。

――ピッ

通話終了ボタンを押して、成宮を見る。

「……予定入ったから行けなくなったって」
「そうなの?」
「でも店には連絡入れちゃったから、二人で行ってこいと」
「……ん?」

僕の馴染みの店だから、ドタキャンなんてしないでね。そういって大先輩は電話を切った。

「……つまり、かのえさんとのデート……?」
「断じて違う」
「二人きりで!?デート!?」
「ただの食事会です」
「えーっでもトヨさん来ないんでしょ!?デートじゃん!!」

助手席側に身を乗り出すようにして、キラキラさせた目をこちらに向けてくる成宮。トヨさんめ、大先輩のお誘いなら私が断れないと踏んで仕組んだな。

「トヨさんありがとー!やったー!」
「ああもう分かったから。予約時間遅れないで」
「すっげーダッシュで行く!」
「スピード違反したら降りるからね」

ジトリを見れば、成宮は嬉しそうに笑って自身もシートベルトを締めた。安全運転は意識してくれているのか、丁寧にギアをあげていく。


「……いやあ、かのえさんが外でごはんしてくれるなんてな〜」
「大先輩のお誘いじゃなかったら断っていたわよ」
「仲いいの?」
「いいわけないでしょ……向こうは大御所のベテランなのに」

本当に、笑って済ませてくれて助かった。先ほどの出来事を思い出すと、また胃が痛くなってくる。私みたいなペーペーのアナウンサーが気軽に食事になんて行ける相手ではない。

「本っ当に、成宮のチームのファンで助かった……」
「トヨさん野球好きだもんね〜この間もテレビで喋ってくれていたし」
「……成宮こそ、仲よくして頂いているの?」
「ううん、かのえさんと違って仕事で会うくらい」
「私だってプライベートで会わないわよ」

今日だって、なぜ誘われたのか分からない。いや、成宮がいるからなんだけどさ。そう言っているのに、赤信号で丁寧に停車した成宮は、また疑いの目を向けてくる。

「……でも、連絡先交換しているんじゃん」
「これは結婚式の司会勉強することになってようやく」
「いいな〜俺も司会できたらかのえさんに番号教えてもらえたのかな〜」

きちんと前を向いて運転している成宮をこっそり盗み見れば、唇を尖らせ拗ねているのが分かる。私は首を傾げた。


「……成宮って、あんまりケータイ見ない?」
「何さ突然、まあ通知うっさいから気が向いたらみるって感じ」
「……へえ」
「あっでもかのえさんからの連絡ならすぐに見るよ!」
「まーたそんな嘘ついて」
「本当だってば!だってかのえさんのこと大好きだもん!」

軽く鼻歌をまじえながら、いつものような会話をする。

「次の信号右ね」
「裏手通り?」
「うん」
「あんなとこに日本料理店あったんだねー」

派手な外車だから追い抜いていく車に度々見られるのはちょっと気になるが、私の「安全運転で」という約束を守るためか、こんな車なのに律儀にしっかり法定速度を守ってくれる成宮に、ちょっとだけ心がくすぐったくなった。

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