小説 | ナノ


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「――と、式の流れはここまでです」
「……なるほど」

昼レギュラーの収録終わり、私は局に残って必死にメモを取っていた。
夜から収録のある大先輩のアナウンサーさんの楽屋に、大学同期の彼と一緒にお邪魔して、結婚式の打ち合わせだ。

「そういえば、糸ヶ丘さんはこっちに来てもう1年かい?」
「はい、去年の春からでしたので」
「野球も好きなんだってね。高校野球の番組、見させてもらったよ」
「あ、ありがとうございます!」

まさかアナウンサーの大先輩が私の出演する高校野球特集を観てくださっているとは思わず、声が上擦る。これは、とても嬉しい。

「僕はプロ野球が好きなんだけどね、今年は高校のも観ようかと思って」
「ええ、是非とも!」
「糸ヶ丘さんはプロを見ないのかい?僕こっちのチームの大ファンでね」
「プロは最近勉強をはじめたところです」
「いやあ、今年はいいよ!投手の成宮が調子良さそうでね!」
「ブフッ」

吹き出した同期男を、肘でつく。大先輩がどうしたんだと私たちを見る。

「何かあったのかい?」
「それが成宮選手、糸ヶ丘さんに昔から片思いしているらしくて、」
「ちょっと!」
「ほう、それで彼は去年から調子がいいのか」
「……私は無関係かと思いますが」

大先輩と同期から茶化されて、思わず顔が熱くなる。顔を扇ぎながら冷静を取り戻そうとする。ああもう、こんなことよりも打ち合わせだ。



なんて思った矢先、突然楽屋のドアが開く。


「っ糸ヶ丘アナウンサーいますか!」


私も、楽屋主の大先輩も、同期男も、みんな驚いて彼をみる。なぜいる。

「……何してんの成宮」
「おお、噂をすれば成宮くんじゃないか」
「トヨさんチッス!」
「オープン戦よかったよ」
「あざっす!」
「な、成宮あんた敬語を!敬語を使いなさい!」

大先輩に軽く話かける成宮。楽しそうな大先輩。慌てる私。空気の同期男。
他人の楽屋で、しかも私の大先輩のアナウンサーの元でなんて失礼なことをしているんだ。私は慌てて立ち上がり、成宮の腕を引いて追い出そうとする。しかし、腕を抱きしめられてしまった。

「っ何して、」
「……ねえ、お前がかのえさんの同期とかいう男?」
「え、ああ」

そうだけど。動揺しながら同期が頷く。

「……俺ずっとかのえさんのこと好きなんだよ」
「言っていたね」
「だからお前みたいな男が未だにウロチョロしているのが許せない」
「ちょ、成宮あんた、」

空いていた片手で慌てて彼の口をふさごうとするが、そちらも捕まれてしまう。大先輩の反応が怖くて振り向けば、なんだか楽しそうにしていた。


「今後もかのえさんと関わっていくなんて絶対無理」
「……あの、成宮?」


「本人が幸せならって思ったけど、絶対俺の方がかのえさんを幸せにできる」
「成宮、あんたケータイ見てないんじゃ、」


「そもそも俺がかのえさんを諦めるなんて絶対ヤダ!まだ籍を入れてないっていうなら俺は……っ!」

「成宮くんよ」


喋り続ける成宮の言葉を止めたのは、大先輩の呼びかけだ。澄んだ声、一言で成宮は冷静になる。


「この二人が結婚するわけじゃないよ」
「……は?」

ようやく間違いに気付いたらしい成宮の腕から、私は脱出する。

先ほどまで座っていた机に戻り、びっしり書き込んだ打ち合わせノートを見せた。司会の勉強をするための、言い回しや進行が書いてあるものだ。

「……かのえさん、結婚しないの?」
「ずっと言っているよね」
「じゃあ結婚式は!?」

理解の追い付かない成宮が、先ほどとは違った理由で慌て始める。ようやく口を開いた大学同期が、手招きをして成宮を自分の方へと呼んだ。成宮はふらふらとそちらへ歩いていく。

「俺と幼馴染の結婚式だよ。大先輩に司会頼むって教えたら、糸ヶ丘が『司会を学びたいから打ち合わせに混ぜてくれ』って」

歩いていった先の長テーブルに広げられた資料をみて、改めて間違いを認識した成宮。呆然とする彼に、大先輩が声をかける。


「面白くて見ていたんだけど、糸ヶ丘さんの手が折れそうだから」


勘違いに気付いて真っ赤になる成宮をみて二人は苦笑していたが、私はただただ頭を抱えるしかなかった。

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