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ピンポーン


「……これ出前?」
「うん! コンシェルジュおっさんが教えてくれてさー」

ピザ奢ってもらったお返し。そう聞いていたはずだが、彼の部屋にはフルコースのような料理が並べられていた。どうやらマンションの人に教えてもらったらしい。そんなことまで把握しているのか。流石高級マンション。

「すごくない?レストランの人がここまで届けてくれたんだよ」
「そんなのもあるんだ」
「これで週刊誌気にせずディナーできるね!」
「週刊誌気にするのが遅すぎるけど」

ローテーブルにところ狭しと並べられているのは、どうやら宅配らしい。配置が随分雑なのは、きっと並べるのは成宮がやったんだろうな。いい加減ダイニングテーブル買えばいいのにと思いながら、私はクッションに座った。

「ワイン飲む?」
「んー、昨日飲んじゃったからいいや」
「そういえば昨日帰ってきてなかったよね」
「……よくご存じで」
「で、電気ついてなかったからね? 俺も遅くて偶然ね?」

いくら隣に住んでいるとはいえ、在宅の有無まで把握されているとちょっと引く。成宮にもその感情が伝わったのか、慌てて否定してきた。

「そんなことより、早く食べよう!」
「そうね」
「あ、テレビ付けていい?」
「いいけど」

壁にかかった時計をみて、もしやと思えば案の定、成宮は私がサブキャスターをしたクイズの特番にチャンネルを合わせた。

「……何が楽しくて自分の出演する番組見ながら食べなきゃいけないの」
「いいじゃん、復習も大切でしょ」
「クイズ番組復習しても」

言いつつも成宮が楽しそうに見ているので、テレビは無視して私は食事に集中することにした。

「かのえさん、1789年って何?」
「フランス革命」
「すっげー!かのえさん頭いい!」
「そりゃ収録の場にいたんだから当然でしょ」
「そういえば、昔はこういう番組全然出なかったよね」
「そうかな」
「お固い番組っていうか、つまんないの多かったじゃん」
「……もうちょっと言い方ないの?」

しかし、成宮の言う事は事実であった。新人の頃からバラエティへ出演する機会は少なかった。今でこそスポーツ番組も任されるようになったが、昔はそれこそロケ番組で出歩いたり、ナレーションのような仕事ばかりだったから。

「ロケやりたがるアナウンサー少ないから、それだけで忙しかったし」
「じゃあ最近は暇なの?」
「そうじゃないけど……」

別に暇ができたわけではない。仕事慣れしてきたから、他の仕事に回せる時間も増えてきた。だから特殊な仕事も色々と入れている。

それでも私が慣れないバラエティ番組を入れる理由は、ハッキリしていた。隠すまでもなく、私の仕事内容を見ていたら一般人でも分かる理由だ。だけど、こんな立派なデリバリーディナーを平然と注文できる男に言うのは、癪だ。

「ねーなんで?言えない理由?」
「別にそういうわけでは、」
「じゃあいいじゃん教えてよー!」

言えないことではない。だけど伝えるのが悔しくて黙って魚を切り分けていれば、成宮は「ねーねーなんでー」と言いながら肉を食べていたフォークをこちらに向けてくる。マナーが悪いことこの上ない。説明するまで粘りそうな成宮の様子を見て、私は渋々口を開く。

「……給料が下がりまして」
「……は?」

そう、単純明快、お金がほしいからだ。

地方転勤になって、覚悟はしていた。
東京で朝のレギュラーを担当していれば、午後から別の収録も入れられるし、無茶なスケジュールも多少組める。だけど地方で昼の生放送に参加するとなれば、平日に他の仕事は早々入れられない。

「分かっちゃいたんだけどね……まさかここまで下がるとは……」
「かのえさんって年収どのくらい?」
「言うわけないでしょ」
「へー……」
「ちょっと検索しないでよ!」

自分の部屋だから、今日の成宮はケータイを持っている。フォークをくわえてポチポチ検索し始めた。

「げ、東京いる時こんなにもらってたの!?」
「予想年収でしょ」
「……ってことは、実際はもっと多い感じ?」
「どうかしら」
「えーっ嘘でしょ俺より多くない!?」
「それはないでしょう」

単純な年収・年俸ならまだしも、成宮はCM契約も多かったはず。多分合計したら断然成宮の方が多いはずだ。

「えーでもショック……」
「何が?」
「かのえさん、ケチな生活しているからお金ないと思っていたのに……」
「もうちょっと言い方考えてよ」

ケータイを置き、メインのステーキの続きを食べ進めながら、成宮はうだうだ言っている。確かに貯金に回す割合を大きくしているので自由に使っているお金は少ないが、別に収入自体が少ないわけではない。

とはいえ。

「こんな美味しいデリバリー知らないのは勿体ないなって思ったわね」
「俺はすっげー久しぶりに半額ピザ頼んだりするのも楽しかったよ」
「随分と怒っていたようだったけど?」
「それは……それとしてさ!」

結局、成宮が何に怒ったのかは分かっていない。あんまりつつくのもどうかと思い、聞けないままになっていた。改めて聞いてみたけど、やっぱりまた流される。うーん、まあいいか。

「このマンションだと受付の人が受け取ってくれるから楽だし助かるよね〜」
「私は申し訳なくて頼みにくいな……」
「えー?あっちも仕事じゃん! 俺クリーニングも郵便も掃除も頼んでるよ」
「掃除?」
「ハウスクリーニングっていうの?そういう呼んでくれる」
「へえ、そういうのもやってくれるんだ」
「あと電球とかごみ袋とかも売ってくれるよ」
「あっ電球」
「切れたの?」

電球、と言われて思い出した。寝室の電球が弱ってきていたんだ。

「買ったはいいものの、交換してない」
「替えなよ」
「そういうのもコンシェルジュさん頼めるのかしら」
「知らなーい、俺の部屋切れたことあるのかな」

そうか、成宮はハウスクリーニングに入ってもらっているから、備品のアレコレまで全部やってもらっているのか。あんまり気は進まないけど、あとで受付に電話しよう。小さいスプーンに変えて、デザートを頬張りながら考えていた。

「部屋に戻ったら寝室片付けて連絡しなきゃ」
「……寝室?」
「え、うん」
「寝室に受付のおっさん入れるの?」
「入れなきゃ替えてもらえないじゃない」

すべて食べ終わった。食器は使い捨てのようだ。水で流すくらいはした方がいいと思い立ち上がれば、また成宮が私の服の裾を摘まんでくる。

「何よ成宮」
「俺、やってあげようか?」
「いいの?」
「俺以外の男が寝室入るくらいなら全然やる」

理由はあれだけど、そういうことならありがたく甘えさせてもらおうかな。そう思った私は成宮を電球の切れた寝室に向かえ入れ、本当にただ電球を替えてもらうだけ替えてもらって、普通に礼を言って帰ってもらった。





ただそれだけ。普通に電球を取り替えてもらっただけ。私はそう思っていたのだが。


「……そういえば、最近成宮来ないわね」


それから数週間、私の部屋のチャイムが鳴ることはなくなってしまった。




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