▼ 52
「――って感じでさ、すっげームカつかない!?」
『知らねえよ』
かのえさんの部屋から出てきてすぐ、俺はすぐ誰かに愚痴をぶつけたくなって一也に電話をした。あいつは暇人だから、すぐに出てくれるし。そんで一通り説明していたらまた腹立ってきちゃって。でも、一也にはイマイチ伝わっていない感じがする。
「一也はほんと、他人の気持ちが分かんないよね〜」
『結局鳴は何がイヤだったんだ?』
「全部!」
かのえさんが「昔好きだった男に会えた」って喜んでいるのも、あの時助けられなかった癖に図々しく飯の約束取り付けたその男も、そんなヤツの仲介手伝った哲さんも、みんなみんなムカつく。
「……大学時代のちょっとした恋愛いつまで引きずってんだっての」
『小学生の初恋を何十年も引きずっているヤツが言うか?』
「俺のはちょっとした恋愛じゃないの!本気の20年!」
言ってからあらためて気づいた。もう20年にもなるのか。自分で考えてちょっと引いたけど、一也はもっと引いていた。
『鳴は本気の20年つってもブランクあるだろ』
「ないよ、ずっと一筋」
『いやだってお前、』
「学生時代はずーっとかのえさんにアピールしてたじゃん」
『卒業してから連絡とれないって、』
「でもかのえさん以外とも何もないし」
『……鳴、お前ってもしかして』
「はいはいストップ!」
一也が俺の恋愛遍歴を指摘してこようとするので、聞かれる前に止めた。ここまで言ってしまえば全部言ったようなもんだけど。
『そもそも鳴は哲さんをライバル視すべきじゃねーの?』
「なんでさ」
『そいつよりよっぽどかのえ先輩と付き合い長いだろ』
「でも今回は俺が付き添い断ったから呼ばれただけっぽいし」
『……ん?』
「何さ一也、文句ある?」
特に引っかかることはなかったはず、だけど、一也は俺の言葉を繰り返した。
『哲さんより先に、鳴が声かけられたのか』
「地方遠征のタイミングだから〜ってさ」
『それにしたって、哲さんより先に……?』
「? なんか文句あるわけ?」
ハッキリ言わない一也にまでイライラしてきた。言いたいことがあるならさっさと言ってくれ。そう急かせば、一也も納得できていない様子で呟く。
『かのえさん、男頼るときは絶対にまず哲さんなんだよ』
そんなこと、初めて聞いた。
『高校時代から仲良かったけど、大学入ってその件あってからはもうベッタリ。同じ大学で頼りやすかったのもあるだろうけど、社会人になってからも何かあればまず哲さんだったのに』
まさか鳴を先に頼っていたとはな。からかうとか、そういうのは一切なく、普通に驚いている。そんでもって、俺もビックリしている。
「……一也、切るよ」
『は?お前結局何に怒って、』
「もう怒ってないもんねー!」
ブチッと通話を終わらせて、俺はもう一度、次は財布だけ持って隣の部屋へ向かった。
ピンポンピンポンピンポーン
「……なに」
「ピザ食べに来た!」
「は?」
扉をうっすら開けてもらった隙に、滑り込むように玄関へ足を踏み入れた。
「お邪魔しーます! うわっかのえさん先に食べないでよ!」
「いや成宮、あんた怒って帰ったんじゃ、」
「えーなんのことー?」
さっきまで座っていたソファに、もう一度座る。結構気に入っているんだよね、このフカフカソファ。机に広げてあるピザは既に何ピースか食べた後だった。
「ポテトは?」
「開けずに置いてあるけど」
「食べよ食べよ、かのえさんも食べていいよ!」
「いや私のお金だからね」
「あ、」
思い出した。ポケットから財布を取り出し、かのえさんにお金を返そうとした、が。
「お金渡そうと思ったけど、俺現金ないんだった」
「ピザ代くらい出すわよ」
「じゃあ今度は俺が出すね」
「はいはい、とりあえず冷める前に食べちゃいましょう」
お皿持ってくるね。そう言ってキッチンへ向かうかのえさんの背中を目で追う。
もしかしたら、思ったよりも俺とかのえさんの距離は近づいているのかもしれない。
なんて考えながらずっと彼女を見つめていた俺は、すっかり忘れていた。
例の男と会ってからかのえさんが喜んでいた理由には、”別件”があると言っていたことに。
prev / next