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ピンポンピンポンピンポーン


「成宮どうしたの?」
「一緒にごはん食べようかなって」
「いいけど、今日は自分のしか用意してないよ」

お互いオフの日、昼前にチャイムがなる。買い出しは午後から行く予定だったので、成宮の分をつくる食材もなかった。

「別に大丈夫」
「成宮は自分の準備してあるの?」
「……これから考える」

なので成宮はどうするのかと聞けば、特に何も準備していない様子だ。ごはんでも、と言ってきたのは成宮の方なのに、私に準備してもらうつもりも、自分で準備するつもりもなかったらしい。なんだかいつものわがまま鳴ちゃんとは違う様子に、こちらも悩んでしまう。

どうしようかと考えていたら、ふと今日新聞に入っていた広告を思い出した。

「成宮、1時間くらい我慢できる?」
「できるけど……かのえさん作ってくれるの?」
「ううん、私は作らない」
「?」

私が何を考えているか予想のつかない成宮は、首を傾げて何とも言えない表情をする。そんな彼とは反対に、私は久しぶりのジャンキーな食事を想像して、ちょっとワクワクしていた。




「えーっピザって言ったら肉!チーズ!トマトでしょ!」
「じゃあお互い食べたいのそれぞれ食べようか」
「やだ〜かのえさんと半分こしたい〜」
「でもステーキは流石に重いのよねー……」
「じゃあベーコンにしよ、ベーコンなら胃に優しいじゃん」

優しくはないと思うけど、まあステーキよりかは確かにマシかな。ソファに並んで座り、成宮はチラシを、私はケータイを見ながらピザを選ぶ。

「サイズどうする?」
「Lでいいんじゃない?」
「成宮たくさん食べるもんね」
「あとポテトも食べたい!」
「じゃあ私もスープ頼んじゃおうかな」

ケータイをポチポチと操作して、シーフードとベーコンが半分ずつ乗ったピザを注文する。それとポテトとスープも追加して。


「……で、成宮はどうしたの?」
「何が?」
「なんだかいつもと様子が違ったから」

何かあったんだろう。そう指摘すれば、隠せていたつもりだったのか、「あー」だの「うー」だの言いながら言葉を考えている。

「言いにくいこと?相談?」
「相談っていうか、質問」
「私に?」

コクンと頷く成宮。何を聞かれるのか分からなかったが、とりあえず聞いてみよう。そう思った私は手を差し出し「どうぞ」と促してみる。

「……この間のごはん、誰がいたの」
「この間?」
「俺が断ったやつ」
「あー……あれね」

あまり口外する内容でもないので言い淀んでいたのだが、逆にそれが成宮を刺激した。

「……やっぱ言いにくいんだ」
「え、」
「男だったんでしょ、会っていたの」
「まあそうだけど……知っていたの?」
「カルロが見たって」
「神谷って本当に飲み歩いているのね」

他の選手たちから噂には聞いていたのだが、噂とは案外当たるようだ。こちらも気をつけていたとはいえ、どの場面を見られたのかは気にかかる。

「ねえ、神谷はいつ見たって言っていたの?」
「店から出てきたとこ、歩いている写真送ってきた」
「どんな写真?」
「ケータイ持ってきてもいい?」
「うん」

成宮は今もケータイを持ち込まないようにしている。別に盗撮してくるなんて思っちゃいないけど、一応私に気を遣ってくれているようだ。

成宮は隣の部屋に戻って、ケータイと、あと財布を持って帰ってきた。ドサッとソファに座り、ケータイを操作して画面を探してくれる。私は少し成宮の方に近づいて、一緒に並んで画面をみた。

「こんな感じ」
「んー……大丈夫そうね」
「何が?」
「2人きりに見えない・腕が触れない距離を取る・笑う時は営業スマイルで」

指折りしながら、私は昔から気を付けていることを成宮に伝える。

「私が外で徹底していること」
「……そこまで考えているの? ただの同級生じゃん」
「ただの同級生でも合コン相手の女子アナでも、ねつ造は簡単なの」

知っているでしょ。そう言いながら、わざと意地悪く笑った。”合コン相手の女子アナ”と何度も捏造記事を食らった成宮は、身をもって理解しているだろう。私がいくら仕事で食事に行かないとはいえ、青道で頻繁に集まっているのに書かれないのはこれがあってこそである。

「鉄壁の糸ヶ丘アナウンサーは流石だね〜」
「当然」
「じゃあ哲さんの隣にいるのも知り合いってこと?」
「そうよ」

元々会わせようとしていたくらいだ。別に誰かくらいすぐに言える。それに、色々あった問題は解決済だから。

「ちなみにコイツって、何者?」

気軽に返事をする私に対して、成宮の表情は硬い。先ほどの写真をさわり、一人の男だけを表示させた。

「私を落とそうと賭けしていたグループの一人」
「……は?」

成宮が抜けた声を出す。そりゃ驚くよね、私だってテレビ局で遭遇した時は驚いた。



彼と再会したのは地方のテレビ局、その中の撮影スタジオだった。どうやら番組制作として働いているとのこと。

流石にそんな場所で恨みつらみを言うわけにもいかないので、他人の振りをしてやり過ごそうとしたのだが、彼は違った。あとで楽屋まできて、ちゃんと謝りたいと言ってきたのだ。


「――ということで、学生時代の謝罪を受けてきました」
「かのえさんは、それで許せたの」
「私のこと気になっているって言ったら周りが悪ノリしちゃったらしくて」
「……悪ノリにしても最悪じゃん」
「ま、それはそうよね。だけどきちんと謝ってくれたし」
「でも、」
「何よりずっと反省していたってことを、結城が教えてくれたし」

どうやら結城も結城で、私がずっとモヤモヤしているのを気にしてくれていたらしい。再会したときは何とも言えない気持ちだったけれど、きちんとした謝罪を受けて、ようやく納得できた。むしろずっと心に引っかかっていたものが取れて、スッキリしているくらいだ。

(それに、番組制作のコネでひとつ”頼みごと”もオッケーしてもらえたし)

そのことを思い出して、ちょっとだけ表情を緩めてしまう。流石に関係者じゃない成宮には言えないけど、思いがけない幸運だ。


「かのえさんは納得できたの?」
「うん、もう大丈夫」
「……なら俺が口出す筋合いはないよね」

ゆっくりとため息をついて、彼はそう言った。一応私の意思を尊重してくれている様子だ。心配してくれていたのかな、ちょっと頬がゆるむ。

「ま、成宮もこの件はもう忘れて頂戴」
「そうだね、大事なのはこれからだもんね!」
「私も良き青春時代の思い出としてしまっておくから」
「……ん?」

ソファから立ち上がり、飲み物を取りに行く。そろそろピザも届くと思うし。しかし、立ち上がってソファの後ろを回った私の上着が引っ張られた。成宮の左手だ。

「どしたの」
「青春の思い出って言った……?」
「あ」

つい先ほどのセリフ、口を滑らせてしまっていた。

「……もしかして、その男のことかのえさんも好きだったわけ?」
「好きっていうか、まあ、」
「そのまま何もなかったら付き合っていたわけ!?」
「それは仮定の話なので何とも言えませんが」

ぶっちゃけると、この問題がなければ付き合っていたと思う。しかし、どう見ても怒っている成宮にそんなことは口が裂けても言えない。そう思い誤魔化そうとしたのだが、成宮は余計に声を荒げた。

「なーんか楽しそうな顔してると思ったら、好きだった男と会えたから!?」
「いや、楽しそうなのは別件で、」
「あーっ!今否定しなかったー!やっぱ喜んでいるんじゃん!」
「(しまった)」

つい先ほど思い出した”頼みごと”でニヤニヤしていたのがバレてしまっていたらしい。だけど成宮はそれを勘違いして罵ってくる。

「信じられない!弄ばれたのにまた引っかかりに行くなんてバカじゃん!」
「……ちょっと、それは言いすぎじゃないの?」

こちらもカチンときた。実際の状況を知りもしない成宮に、どうしてそこまで言われなきゃいけないんだ。

「バカだからバカって言ってんじゃん、かのえさんほんと抜けているよね」
「……女子アナと写真撮られまくっていた男に言われたくないわよ」
「はー?それは違うって言ってんじゃん!」
「どうかしらねー、私も現場見ていないし」
「……何それ」

立ち上がった成宮が、見下すような形で私に視線を向ける。威圧的だが、こちらも頭に来ている。怯まず見上げる。

「……かのえさんはそういうこと言わないと思っていた」
「残念ながら、成宮は私のこと知らないのね」
「っほんとサイテー!ガッカリした!」
「ちょ、成宮どこ行くの!」
「フンッ!」

ケータイと財布をもって、成宮は玄関まで向かう。まさか帰るんじゃないだろうなと思ったら、本当に帰りやがった。そして、ちょうどそのタイミングでフロントのコンシェルジュから連絡が入る。


『――糸ヶ丘様、宅配が届きました』
「……持ってきてください」

届いてしまった大きなピザを受け取った私は、成宮に対するイライラを抑えきれないまま、ともかく胃に入るだけ暴食をはじめてしまったのだ。

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