小説 | ナノ


▼ 49

春、いよいよセンバツのはじまりだ。


『さて、明日からいよいよ始まる選抜高校野球大会の聖地に――』

『今日の試合を振り返っていきましょう――』

『明日はいよいよ準決勝です。注目の選手は――』



「あーーーーー……」


新聞、雑誌、スコア表。それとインスタント食品のゴミ。
今私の部屋に散らばっている物である。


3月に入り、本格的に高校野球の特番がスタートした。山場は8月の夏季大会とはいえ、センバツの注目度も勿論高い。今まで春に特番を組むテレビ局があまりなかったからか、スタッフみんな手探りで進めているという点も、このドタバタの原因だ。

しかし、何より――


ピンポンピンポンピンポーン


「うわっ!かのえさん何やってんの!」
「……今日の試合の確認を」
「そこまで詳しくする必要ある!?」

私の凝り性が、遺憾なく発揮されてしまっているのが原因である。


「つーか全然帰ってきてないじゃん、大丈夫なの?」
「テレビ局出るのテッペン越えちゃうから、局のすぐ隣にホテル取っているの。だから睡眠はしっかり取って、」
「取っている人にはそんな隈できません!」
「……」

明日が休養日で試合がないから、久しぶりにこっちの部屋で眠ることにした。レギュラー番組の収録が終わったら寄ることもあったけれど、寝るのは基本特番の収録があるテレビ局の近くだ。

片付けも食事も中途半端にして、録画を確認していれば、部屋の光が見えたからと成宮がチャイムを鳴らして、少し扉を開ければ無理やりズカズカ入ってくる。そして、私の部屋を見て、絶句した。

「も〜ゴミは捨てる!コップは洗う!」
「……あとで、」
「今!!」
「……はーい」

成宮に叱られて、しぶしぶ立ち上がる。食洗機にグラスを全部いれて、ゴミ袋をもって部屋をウロウロする。あまりにも散らかっているので、ゴミ袋を持って移動する方が早いからだ。

「本っ当、世間はかのえさんに騙されているよね」
「別にしっかりキャラでもないんだけど」
「でも”独身貫きそうな有名人1位”でしょ」
「あー……あったわね」

どこかの週刊誌が載せた、よく分からないランキングの話だ。他に名前を連ねていたのは私生活が暴露されたグラビアアイドルや、長年付き合った俳優と破局した女優なんかがいた。とどのつまり、今年のスキャンダル総振り返りランキングだ。

「成宮とのことがなかったら載らなかったでしょうね」
「俺のおかげか」
「あんたのせいね」

この件に関しては、どう考えてもマイナスだ。しかし、改めて騒動の否定ができたのは助かった面でもある。机上の書類整理を進めながら、たわいもない会話を続ける。
成宮はというと、私が先ほどまで座っていたロングソファの真ん中にドカッと座り、私のノートを眺めていた。

「かのえさんの字、すっげー綺麗だね」
「……どーも」

高校時代に取っていた情報ノートと同じような内容なのだが、当然、他校の成宮に見られるのは初めてだ。少し緊張する。

「うわ、前監督の情報ここまでいる?」
「何が起こるか分からないでしょ」
「こういうのって局のスタッフが探すんじゃないの」
「まだ本格始動前だからねー……」

そう、スタッフは夏に向けて動いているので、春のセンバツはそこまで人数を割いてもらえていない。だから自分で調べる他ないのだ。
パラパラと私の情報ノートを眺めていた成宮。かとおもえば、勝手に録画を再生し始めた。


「ちょっと!先に観ないでよ!」
「相良出てんだねー、4番ごっついな」
「聞いてます!?」

一通りゴミを拾い終えた私も、ソファに戻る。

「ソファ1人で占領しないで、そっち寄って」
「え〜」
「それか帰って」
「寄りまーす」

ガタイの良い男がソファの真ん中にいると、当然邪魔である。それと資料を取りにくい。窓際に寄ってくれた成宮からノートを取り上げ、私もテレビに食いついた。

「ねーかのえさん」
「ちょっと黙って」

「……」
「……」

「お、エラー」
「うわー、もったいない」

「……」
「……」

「かのえさん、喉乾かない?」
「冷蔵庫に水」

「かのえさんは?」
「いいや、ありがとー……」

「かのえさん、」
「ちょっと黙って」

「……」
「……」

「……あ、盗塁しそう」
「……えっ」


成宮の言葉を話半分に聞いていたら、突然そんなことを言われる。思わず視線を1塁走者に向ければ、途端、ランナーが走った。

「……本当に盗塁した」
「ま、あれだけ余裕あれば走るよね」
「えっどういうこと?」
「投手のクイックが長い、俺の倍くらいかかってんじゃない?」

クイックモーション、つまり投球の動きに入ってから、キャッチャーに届くまでの時間だ。マネージャー時代はストップウォッチで計測したりしていたのだが、こんな目測じゃ速いか遅いか全く分からない。

「でも盗塁ならキャッチャーの肩も関係あるでしょ?」
「左打者だから投げにくい、あとはリードがさっきより大きくなっていたら、そりゃ走るって分かるよ」
「はー……なるほど」

順を追って説明されて、ようやく理解する。リードの広さなんて、全然見ていなかった。

「じゃあバンバン走られちゃうのかな」
「どうかなー、無理に盗塁するような点差でもないし」
「ほほう」

高校時代、選手と喋りながら観戦することなんてほぼなかった。だからこうして詳しい人、しかも日本のプロ野球界でもトップクラスの実力者から解説してもらえるんなんて。

「……というかかのえさん、掃除いいの?」
「ゴミ片付けたからオッケー!それよりも!」
「それよりも?」
「成宮の話聞きたい!」

横を向いて成宮の袖を引っ張る。こんなチャンス、めったにないぞ。いや、成宮が部屋に来ることはあるけど、でも不機嫌だったりお腹空いていたり、あと気分が乗らなかったりしたら、きっと解説なんてしてくれないと思う。

だから今は、成宮が最優先だ。


「別にそんな大した話しないけど」
「そんなことないよ、さっきのすごく感心したもの」
「……そうなの?」
「うん、とっても」
「へ、へえー?」

冷静を装っているつもりかもしれないが、成宮の口角は随分と緩んでいた。

「ちなみにさっきのこのシーンなんだけど、」
「あーこれはねー」

さっき観ていた守備で気になる点があったと思い出した私は、巻き戻して成宮に観てもらう。するとすぐに守備位置の違いに気付いて教えてくれた。


1つのソファに2人の男女が並んで座っているというのに、色気も何もない空間は、時計を見た成宮が「つーかかのえさん寝て!?」というまでずっと続いた。

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