小説 | ナノ


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ピンポンピンポンピンポーン


「かのえさん!!!」
「成宮おかえり」
「ただいま〜……じゃなくって!」

私から遅れること数週間、ようやく成宮が本拠地に戻ってきた。

「何あれ!?なんで!?」
「何のこと?」
「SNSで送ったメッセージ!」
「……ちゃんと返事してあげたでしょ?」
「きたけど!でも違うじゃん!」

サンダルに足を乗せ、玄関に座り込んで成宮の話を聞く。彼はといえば、腕を組んで私を見下ろしている。

「なんで返事するのが沢村なんだよ!」

そう、あの日私が沢村に頼んだ投稿というのがソレだ。


【@narumiya_STAFF 成宮さん!沢村です!糸ヶ丘先輩は今日まっすぐ帰って家でぐーたらするって言っていましたよ!】

この投稿がまた話題を呼び、「抑えの沢村」という言葉が数時間流行っていた。しかし、またすぐに別の話題に変わる。成宮が私に公開メッセージを送ってきたことも、あっという間に過去の話になってくれた。


「だって、私が返事するのもおかしいでしょう」
「かのえさんへのメッセージに、かのえさんが返すのは普通じゃん!」
「まずあんたが公式アカウントで大っぴらにナンパしてくるのがおかしい」

横にどけてあった、最近めっきり履いていないスニーカーに手を伸ばし、靴紐を触る。ちょうちょ結びが歪んでいるのが気になってしまった。しかし、そんなことをしていれば、いつの間にかしゃがみ込んでいた成宮に顔を覗き込まれる。ヤンキー座り、似合わないなあ。

「……じゃあ連絡先教えてよ」
「え、やだ」
「なんで!?」
「逆に聞くけど、なんで必要なの?」
「おはようからおやすみまで、かのえさんとやり取りしたいから」
「しません、さようなら」
「やだー!帰らない!」

立ち上がり玄関の扉を開いて成宮を追い出そうとするが、逆に成宮が先ほどまで私の座っていた位置にストンと座った。

「もう、なんで座っちゃうかなあ」
「かのえさんが教えてくれるまで帰らない!」
「じゃあずっと玄関にいたらいいよ」
「えっどこ行くの」
「蕎麦茹でている途中なの」

座り込む成宮の頭に手を添えて、彼の横を通り抜け部屋に戻る。

「……かのえさーん」

「ねーえ!かのえさん!」

「糸ヶ丘アナウンサー……」


「……それ沖縄蕎麦?」
「結局上がり込むのね」

玄関から一人で叫んでいた成宮だったけど、私があまりにも無視を続けていたら、諦めたのかキッチンまで勝手にやってきた。

「俺の分は?」
「ないよ」
「えーっなんで!?」
「そもそも、なんでまだいるの」
「あっ沖縄ドーナツじゃん」
「……無視?」

蕎麦は諦めたのか、ダイニングテーブルに置いてあったサーターアンダギーに手を伸ばし始めた。まあそれは作り過ぎた分なので別によい。もう写真も撮ったし。

「うぇっ、中身色ヤバいじゃん」
「紫いもにしてみました」
「普通に食べられるやつか、ビックリした〜」
「私は勝手に食べるあんたにビックリよ」

茹だった麺を1本取り、口に入れる。うん、ちょうどいい。普段あまり食べないが、最近食べたばかりなので何となく正解の固さが分かる。気がする。

昔旅行で買った、ぶ厚いどんぶりに盛り付け、豚肉を乗せて、ダイニングテーブルへ移動する。成宮はいつの間にかリビングのソファに座っていた。

「かのえさん、高校野球の特番っていつから?」
「放送は3月中旬からね」
「稲実にも行くんだっけ」
「うん、お邪魔します」
「あの店まだあるか見てきてよ」
「あのお店?」
「今川焼のお店!」

かのえさん、結局デートしてくれなかったよね。そう言いながら成宮は片手にサーターアンダギー、片手にチャンネルを持ち、テレビ番組を観漁っている。

「うん、まだあったよ」
「もう取材行ったの?」
「取材じゃなくて、」
「じゃあ何で?下見?」
「えーと、」
「……待って、もしかしてプライベート?」

少し返事が止まってしまった。いや、仕事中ではあった。しかし、完全に撮影とは別件で、原田と休憩していた最中のことだ。

「え、かのえさん、本気で……?」
「いや、仕事で行ったのは間違いないんだけど、」
「誰と!?いつ!?なんで!?」
「原田と、年末、事務所の子の代打で呼ばれたから」
「雅さんと!?」

そんな番組知らない。そう騒ぐ成宮に首を傾げたが、そういえば成宮は私の名前で自動録画を設定してあるんだっけ。というか原田はあのロケ中に喋った内容は成宮へバラしたくせに、地元ロケだってことは言わなかったんだ。

「録画されてない!そんな面白いの、絶対覚えているのに!」
「急遽変更されたから、番組表の名前追加されなかったのかしら」
「えーやだ観たい!録画ないの!?」
「ないね」
「じゃあ雅さんにお願いする!」



そういって自室に戻っていった成宮だったが、すぐに落ち込んだ様子で戻ってきた。私はその間に蕎麦をすする。

「……雅さん、録画してないって」
「原田は自分の番組撮るタイプにはみえないものね」
「えーーー見たかったなーーー……」
「そう言われても……ラーメン屋とか回っただけよ」
「あ、もしかして赤い看板の店?」
「そう、チャーシューぶ厚いとこ」
「やっぱそうだ!あの店のおばちゃん、よくサービスしてくれたんだよね」

そういって高校時代を思い出している成宮は、素直に楽しそうだった。今もなお強豪校である稲実は取材にいく報道関係者も多いので、気軽に近くへ寄るもの難しいかもしれない。

「……懐かしいなあ、元気かなあ」

そう言いながら、またソファへ座り込む成宮。行動は勝手だが、学生時代お世話になった人たちを懐かしんでいる気持ちは、よく分かる。

原田が聞いたら、「甘やかすな」って怒られちゃうかな。なんて考えながら、私は箸を置き、ケータイを手に取った。


「――あ、マネージャー? ちょっと欲しいデータがあるんだけど。年末に原田選手と出た番組あったでしょ。あれちょっと確認したくて。うん、よろしく」

通話を切れば、成宮が口を開けてこちらを見ていた。

「かのえさん、もしかして……?」
「……ラーメン屋のおばちゃんも、定食屋の息子さんも、あの頃の稲実の話していたからね」

せっかくなんだからあんたが聞いてあげなさい。そう伝えれば、成宮はソファで万歳をし始めた。これだけ素直に喜んでもらえるなら、番組くらい渡してあげてもいいかな。なんて思っていたのだが、成宮が帰ってからみたソファに食べかすがボロボロ残されているのを見て、優しさ見せたことを後悔した。あんにゃろう。

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