小説 | ナノ


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「糸ヶ丘アナウンサー、俺はどう?」
「ごめんなさい」

「じゃあ僕ならどうですか!」
「無理です」

「やっぱり俺だろ?」
「あなたが一番ないです神谷選手」

ドッと笑いが起きる。

(何なんだこの時間は……)

もう、今すぐ帰りたい。


沖縄キャンプ取材中のとある夜、平日だから野球ファンも少ないだろうと、外食へ出かけカウンター席で一人飲んでいた。他のテーブル席は地元の人たちで埋まっていたので、誰にも会わないだろうと安心しきっていたのだが、奥の貸切部屋からぞろぞろと現れたのは、昼に取材した面々だった。

「……神谷選手、さっさと全員個室に戻らせてください」
「カルロスくんって呼んでくれたら頑張るけど?」
「神谷選手、早くしてください」
「つれねえなあ」
「……ちょっと、なんで座るの」

あーだこーだ言いながら、神谷はなぜか私の隣に腰かけた。
足の長い椅子だっていうのに、ひょいと軽々座る彼にちょっとムッとしてしまう。私は座る時に手こずっていたのに。

「俺が落として連れていくから、みんな先戻っておけー」
「神谷ー!頼んだぞー!」

そう叫ぶと、彼のチームメイトはまたぞろぞろと奥の大部屋に戻っていった。静かになった店内に、私はわざとらしく肩をすくめる。

「……頭の回る男ですね」
「どこかの誰かさんと違うんで」
「それはそれは」
「あ、今は敬語じゃなくていいッスよ」
「じゃあそっちも」

外食はひとりで、と決めているが、あの集団に騒がれるよりは神谷一人の方がよっぽどマシだ。

「で、あなたは今からどうするの? 頑張って口説き落とす?」
「俺は粘り強くないんでね。おっちゃん、魚食いてえ」

何を言っても、成宮の話に結びつけようとしてくる神谷をちょっと睨んでしまったが、彼のおかげで静かになったことは事実なので、何も言わずにグラスを傾ける。神谷は店主の捌いた刺身を受け取り、写真を撮り始める。私が海ぶどうに集中している間も、カシャカシャとシャッター音がずっとしていた。

「神谷はSNSしているんだっけ」
「そ。ファンサービス旺盛なもんで」
「やり過ぎには気を付けなさいよ」
「確かに、誰かに載せられる可能性もあるからな〜」
「……」

自分で振っておきながら、失敗したと思った。さっそく文章を打っている神谷にそう注意すれば、反撃と言わんばかりに年末のできごとを掘り返される。

「で、鳴とどうなってんの?」
「どうもこうも、何もないわよ」
「あっちのチームの取材入っていたっけ」
「向こうは別の子が入っているの」
「えー?なんで俺らのチームに来たんだよ」
「……その言い方は素直に傷つくからやめてくれないかしら」

まるで私に来てほしくなかったかの言い様だ。そういう意味じゃないと分かってはいても、取材する立場として多少は引っかかる。それを指摘すれば、「ごめんごめん」と軽く謝る。そして、すぐ話を逸らされる。

「鳴と連絡取り合ってんの?」
「連絡先知らない」
「いやいや、流石にそれはウソだろ」
「いやいや、ホントに」
「いくら鳴でも、連絡先すら知らない初恋相手を未だ引きずるなんて……」
「……」
「……え、マジな感じ?」

本当に驚いた顔をする神谷。成宮から何も教えられていないのか。ペラペラ喋りそうだと思っていたのに、意外だ。

「えぇ……プライベートで一切会っていないのに渡そうとしていたのか」
「その話は成宮に振ってよ」
「確かに、糸ヶ丘アナに聞いても知らねーって話だよな」

正直にいえば、”プライベートで一切会っていない”わけじゃないので、なんとかうまく誤魔化せたことにホッとする。しかし。

「なら今日はすっげー喜びそうだな」

神谷がケータイ画面を見ながら、そんなことを言ってくる。何の話だ。

「何が?」
「鳴が」
「なんで?」
「呼んだから」
「……はい?」

今度は私が目を丸くして、神谷の方を見る。しかし神谷は「そろそろかなー」なんて言って、私を無視してケータイをチェックし始める。いやまさか、本当に呼んでなんかいないだろう。

そんな会話をしてから数分、突然店の扉が開いた。

「っかのえさん!!」
「……成宮?」

慌てた様子の成宮は入店と同時に私の名前を呼んだ。店内をキョロキョロ見まわして、神谷の体格に隠れていた私を見つければすぐ走ってくる。こらこら、店内だぞ。

「かのえさん大丈夫!?何もされてない!?」
「え、うん」
「カルロどけ!消えて!帰って!」
「ちょっと成宮、何もそこまで」

別に私は手なんか出されちゃいないし、むしろ大勢のプロ選手に囲まれていたのを助けてもらったくらいだ。そう思い神谷をかばったのだが、逆に成宮の怒りは爆発した。

「なんで!?カルロのこと好きなの!?」
「は?」
「取材中にナンパされて着いて行くなんて今まで絶対しなかったじゃん!」

真剣な顔で、カウンターに固く握ったこぶしを乗せながらそういってくる成宮。そんな彼とは対象的に、成宮の背後にいる神谷は顔を隠して震えていた。

「……ちょっと神谷、笑ってないで説明しなさい」
「ブフッ……ちょっと待ってくれ……ウケる……っ!」

いよいよ笑いが堪えなくなったらしい神谷が、上半身を折りたたんで腹を抱えて笑っている。どうやら彼のイタズラのようだ。

「……成宮は神谷から何を聞いたの?」
「カルロがナンパ成功したって、かのえさんの写真を送ってきた」
「……神谷選手、コメントお願いできますか?」
「す、すみません出来心でした」

作り笑いを向けてそう聞けば、神谷はようやく白状した。

「いやぁ、メール入れたら糸ヶ丘アナに確認の連絡するかなーって思ったら、『場所教えろ』って返ってきてさ。本当に連絡先知らなかったんだな」

そう、どうやら私と成宮が連絡を取り合っていないというのが信じられなかったようで、確認するべく成宮へ嘘のメールを入れていたらしい。しかし、まさか本人が来るなんて言い出すとは、神谷も思っていなかったようだ。

「うっさいな!つーかなんで一緒に飲んでんの!?」
「外野組で来たら偶然居た」
「かのえさん本当!?」
「ホント」
「……じゃあ信じる」
「俺も信用しろよ」
「カルロの言うことはもう信じない!いいからかのえさんから離れて!」

ツッパリのようにペシペシ叩かれた神谷は軽く笑いながら立ち、「じゃあ戻るわ」と言って店の奥へ戻っていった。あれ、この刺身代ってどうなるんだろう。

「ったく、油断も隙もないんだから」
「ちょっと待ちなさい、なんで成宮は座るの」
「ん?」

神谷の飲食代を心配していれば、さも当然のように空いた席へ成宮が座る。だから私は外で他人と食事するつもりはないと言っているのに。

「いーじゃん、満席の看板出ていたからもう誰も入店して来ないし」
「よく入ってきたわね」
「かのえさんの危機だったからね」
「それはありがとう。もう大丈夫だから帰っていいわよ」
「おじさーん!俺も刺身食べたいなー!」
「聞いてる?」

神谷の皿は既に空っぽになっていた。”俺も”ということは、さっき神谷がSNSに投稿していると思っていた刺身の写真は、成宮に送っていたんだろう。すぐにSNSへ投稿するような人じゃなくて安心した。ああだけど、写真は消してもらわないと。

「ねえ、神谷に写真消せって言っておいて」
「いいけど高いよ?」
「……成宮ってビール好き?」
「っ! 好き!」
「店員さん、追加1本お願いします。あとはー……何食べようか」
「かのえさんって魚好き?」
「そうね、割と」
「おじさーん!魚焼いたのも頂戴!」

成宮がビール好きなことなんて、とっくに知っている。私が魚好きだっていうのも、成宮は把握済だ。だけど周りの目があるので知らない振りをしていた。この小さな茶番が楽しくって、外食も良いものだなあと思えてしまった。

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