小説 | ナノ


▼ 45

冷たい風が、他に人のいない公園を吹き抜ける。ずびずびと泣きながら、私はずっと隠していた本心を露わにしてしまった。

しかし、原田はまだ何も言わない。

「……何か言いなさいよ」
「ティッシュ使うか?」
「そうじゃなくて!」

いらねえのかよ。そう言いながらティッシュをしまおうとする原田の腕を捕まえ、ティッシュを奪う。

「俺が何言ったって、正解にはなんねえだろ」

それもそうだ。慰められても、謝られても、叱られてもイヤだ。正解ではなく正論を言ってくる原田を睨んでしまう。

「……俺らだって、マネージャーが何思ってんのか知らねえ」
「マネージャーいなかったじゃない」
「物の例えだ。ベンチに入れなかった奴らの気持ちも、怪我で諦めたヤツの気持ちも、全部は分かってやれねえんだよ」

そういえば、彼は1年生から活躍していた。プロとして活躍している今だって、大きな怪我も故障も聞いたことがない。

「糸ヶ丘が悔しいって思ってんなら、別にそれでいいだろ」
「いや、でも、」
「恨みつらみでぶん殴ってきたりしない限りな」
「しないわよ」

思わず笑ってしまう。そんな私もみて、原田もようやく表情をゆるめた。

「……あーあ、原田に正論言われちゃうなんてね」
「なんだ、納得できたのか」
「んーどうだろ、でも結構スッキリしたかも」
「ならよかった。ロケに……」
「どうしたの?」
「ケータイ貸せ」

言われるがまま、仕事用のケータイを渡す。すると最近の通知から探して、ADに電話をかけ始めた。

「――すみません、少し遠くまで歩いてしまって。ええ、すぐ向かいます」

簡単に話して、すぐ通話を切った。

「どしたの」
「そんな顔で、人気アナウンサーが戻れないだろ」

そう言われ、急いで鏡を確認するが、別にさほど崩れてはいない。ほんの少し、涙袋が大きくなってしまったかな、というくらいだ。

「別にこのくらいすぐ直せるのに」
「今すぐ直せるのか」
「流石にポーチはロケバスよ」
「ならスタッフには見られちまうだろ」

そう言われ、思わず言葉が止まる。カメラさんたちに見られてしまうのは仕方がないと思ったけど、原田はそこも心配してくれているようだ。

「あら、気遣ってくれるの?」
「うるせえ仕事だろ、全力で取り組め」

俺と映るのに、ということじゃなくて、私が気にすると思って気にしてくれたみたいだ。原田の優しさに、今度は素直にニヤけてしまう。

「原田さあ、」
「なんだ」
「結構いい男だね」
「……それ、鳴には絶対言うなよ」

恨みつらみでぶん殴られちまう。そんなことを言ってくる原田に、私は今度こそ声をあげて笑った。


***


「……戻ってきてしまった」

正月が明けて、1月6日の月曜日。年末年始は東京での仕事が多かったから、両親に頭を下げてずっと実家に居させてもらった。だから地方の部屋はずっと空けたままだ。

平日のレギュラー番組を終え、後輩ちゃんにクリスマスのお礼を言い、スタッフたちとの反省会、もとい「年末年始何してた?トーク」を済ませ、久しぶりに地方で借りているマンションのエレベータを上がる。

(――廊下、誰かいる)

だから、ネックレスの一件があってから、成宮とは直接顔を合わせていなかった。いつか顔を合わせてしまうかもしれない。そうは思っていたが。

「……おかえり」

まさか戻ってきた初日に、廊下にしゃがみこんだ成宮がいるだなんて思いもしなかった。

「た、ただいま? なんで成宮は部屋の外に」

ベンチコートだろうか、立ち上がった成宮は随分と厚手で長い上着を羽織っているのが分かった。ポケットに手をいれて、まっすぐ私の方を見て立つ。

「外にいたのは、かのえさんと話がしたかったから」
「……そう」

「ちなみにずっと居たわけじゃなくて、あの合コン大好き女から仕事終わる時間聞いて、さっきやっと出てきた」
「ああ、それならちょっと安心」

「ちなみにアイツには同級生ですっげー稼いでいる男紹介した」
「へえ」

「それと、雅さんから、」
「いやいやちょっと待ちなさい、こんな寒いとこで喋らなくても」

内廊下のマンションとはいえ1月、充分に寒い。そんな状態で、世間話だろうか、つらつらと色んな事を説明してくる成宮。いくら私の帰宅時間を予想して出てきたとはいえ、ピッタリの時間なんて分からないはずだ。彼の鼻が真っ赤になっている様子から、数十分前には外にいたんだろう。

「とりあえず部屋入ろう」
「ちゃんとケジメつけないと、上がれない」

私の部屋の鍵を開け、ノブを回して招き入れようとしたが、成宮に拒まれる。私は一旦扉を閉じて、成宮の方を見た。寒さで鼻を赤くさせた彼は、まっすぐこちらを見て立つ。そして、ゆっくりと頭を下げた。


「ごめん」


成宮はポケットから手を出し、深く頭を下げたまま、言葉を続ける。

「軽率だった。こんなことになると思っていなかった」
「……誰かから聞いた様子ね」
「一也から聞いた、かのえさんが祝杯あげていた仕事のこと」

あんにゃろう。これだから非マスコミ業界の人間は困る。随分と口が軽い。
でも、非マスコミ業界だからこそ、成宮は生配信であんなことをしたんだ。

「配信、観たわよ」

それを告げると、成宮は苦い表情のままの顔をゆっくりとあげる。

「……あれで何とかなるとは思えなかったけど、かのえさんに非がないって示すには、あれしか思いつかなかった」

たまに視線を落としてしまうが、またすぐに目を合わせてくる。

「……そうね、”元通り”ってわけにはいかなかったし」

そう伝えれば、成宮がキュッと下唇を噛む。


「……予定になかった、キャンプの取材まで増えちゃったんだから」
「えっ」

抜けた声をもらし、目を丸くした成宮がこちらを見る。

「”あの成宮が長年片思いしている女”なんて、他の選手からしても面白くって仕方がないだろうからね。たくさん喋ってもらえるだろうからってさ」
「……なんだそれ」
「ちなみに御幸が喋っちゃった仕事に関しては、無事に契約継続な上に、なかなか取材許可の出なかった稲城実業からもOKが出たって喜ばれたわよ」


そう、スキャンダルが出て切られると思った例の高校野球の特番は、そのまま託してもらえる運びとなった。

そりゃイケメン選手と名高い二人、「高校時代同じ部活だった、浮いた話も一切ない御幸選手」と「女子アナ大好き片っ端から落としにかかる成宮選手」のどちらとも何もないと分かったんだ。『いくら叩いても糸ヶ丘かのえからはプロ野球選手と熱愛報道なんて出ないだろう』と判断して頂けた。

「残念ながら、成宮のおかげで仕事がもらえてしまったんだよね」
「えっと……つまり?」
「あんたの手段は大成功だったってことよ」

元々あった仕事はまだしも、追加での取材許可やキャンプの仕事なんかは、間違いなくあの生配信が生んだ結果である。

「ということで、落ち着いたならもう部屋に、」

入ろう。そう言おうとしたら、成宮は壁にもたれかかり、ズルズルとしゃがみ込んだ。


「……よかったぁ……!」


体育座りのような体勢になって、両手で顔を覆う成宮。くぐもってしまっているが、彼の口から安心が吐露した。思わずこちらの表情を緩む。

成宮の正面にしゃがみ、彼の頭を撫でる。

「なっ何すんの!?」
「ネックレスは受け取れないけど、気持ちは嬉しかった。ありがとう」
「……別に」

されるがまま撫でられる成宮は、借りてきた猫のように見えた。別段やわらかいわけでもない彼の髪だったが。どうしてか私はずっと撫でていたい気持ちになる。

「あ、そうだ。私のネックレス返して」
「俺が渡したやつ?」
「違うわよ、あんたが取り替えた元のやつ」

そこまで高い物でもないが、気にいっているネックレスだ。成宮がペアアクセと入れ替えたせいで、ネックレスのヘッド部分はこいつに盗られたままだし、チェーンも彼の部屋の玄関に置いてきてしまっていた。

「そうだ、かのえさんに渡したくて」

そういってようやく成宮は立ち上がり、玄関の扉も閉めずに自分の部屋へと走っていった。私はおとなしく廊下で待っていたけれど、いかんせん、寒い。

「……お邪魔しまーす」

勝手に玄関先まで入り、扉を閉める。この数日でもうネックレスを見失ったのか、成宮はずっと奥でバタバタしている。

「ねえ! なくしてないでしょうねー!」
「大丈夫ー!ちょっと待ってて!」

私が入っているのが分かっても、文句も言われない。むくんだ足がつらいので、玄関先に腰かけさせてもらう。まだかなあ、ボーッとしていたら、ようやく成宮の足音がこちらに向かってきた。上半身だけ振り返って成宮の方を見ると、なぜか、たくさんの冊子を抱えた成宮がみえた。

「これ!」

バサッと、乱雑に玄関にそれらを広げる。みると、旅行のパンフレットだった。

「……なんで旅行のパンフレット?」
「こっちは兵庫県でねー、これは神奈川ね」
「いやそうじゃなくて、」
「あっ沖縄はキャンプ来るならいっか、あとねー」
「待って待って!説明全然足りない!」

広げたパンフレットの説明を進める成宮。そうじゃない。そもそもこれは、何を意図しているんだ。


「雅さんから聞いた」
「……は?」
「かのえさん、俺のことみると最後の試合を思い出すって」
「(あんにゃろう……)」

口止めしていなかったとはいえ、あんな話を他人に話すやつがいるか、バカ原田。私が渋い顔をしているのを他所に、成宮は説明を続ける。

「だけどさ、俺はこれからもかのえさんと居たいんだよ」
「それは、」
「あー大丈夫!もう変なタイミングで結婚してなんて言わないから!」

付き合ってほしいとか、そういう意味で言っているのかと思った。それを言おうとしたのに、飛躍して「プロポーズはしない」という話になっていく。まったく、極端な男だこと。


「忘れろなんて言えない。でも、しんどい気持ちでいてほしくもないから、」

「だから、これから1つずつ俺との思い出に変えていってほしい」


そういって、成宮はやわらかく笑った。

ずるい。

ずるいずるい。「高校時代の記憶を上書きする」なんて言いながら、あの頃と変わらない、私が弱いその笑顔を見せてくるなんて。

「……やっぱりダメ?」

首を傾げて聞いてくる成宮に、私はパンフレットを取りながら答える。

「……私、兵庫行くならミュージカル観に行ってみたいな」
「え、」
「というかなんで神奈川? あと沖縄も」
「神奈川で試合したことあるし、そっちも修学旅行沖縄だったんでしょ?」
「参加していないけどね」

稲実も勝ち上がっていたから、向こうも参加していないはず。だというのに、随分と隅から隅まで上書きしてくれる算段らしい。やることは勢い任せなのに、準備はしっかりしている。

「……成宮」
「ん?」
「ありがとう」
「えっどれに対して?」

突然の感謝に動揺した成宮だったが、私自身も何にお礼を言ったのか分からなかった。ただ分かることは、ここまでしてくれる男に、私は絆されてしまっているということだ。

prev / next

[ back to top ]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -