小説 | ナノ


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「原田選手、糸ヶ丘アナウンサー、ちょっといいですか?」


稲城実業高校のすぐ近く、原田がよく訪れていたというラーメン屋でチャーシューを堪能していれば、外で待っていたカメラマンが声をかけてきた。

どうしたのかと箸を止めると、奥で若いADの慌てている様子が見えた。どうやら何かトラブルのようだ。

「次に行く予定の店が、連絡つかなくって」
「あら」
「押してしまいますが、もう少しこの店で時間取ってもらってもいいですか」
「私はもう今日は仕事ないからいいけど……原田選手、あとのご予定は」
「俺もない」

腕時計を確認して、時間の割り振りを考える。番組尺から考えると、やはりもう1店舗はロケの様子がほしいだろう。また連絡しますと言って店を出たスタッフを見送り、ゆっくりスープを堪能しようとしていれば、原田は言われた直後から席を立つ。

「ごちそうさん。糸ヶ丘も食ったら行くぞ」
「……原田、話聞いてた?」
「ラーメン屋で長居するわけにもいかねえだろ、移動するぞ」

それはそうだけど、そんなさっさと食べ終わらなくたっていいじゃないか。私も急いで麺をすすり、スープを味わい、両手を合わせた。



「――で、この寒空の下に公園ねえ」
「ロケバスには後で戻るが、まず腹ごしらえだ」
「はあ?」

今もラーメンを食べて、この後もカツ丼を食べる予定だ。こいつの馴染みの店がガッツリな店ばかりだから必死にカロリー調整してきたというのに、まだ食べるというのか。

「原田、これからカツ丼食べるの分かっている?」
「女ってのは”甘いもんは別腹”なんだろ」
「甘い物……?」

人がまったくいない公園を通り抜け、細い角を曲がっていく。私たちしかいないのも当然、今日の気温は日中5度である。一体どこまで行くのかとやや震えながら着いて行けば、稲城実業の裏手に来た。すると、小さな古いお店が見える。

「あ、」
「知っている店か?」
「行ったことはないけど、成宮から聞いたことある店……だと思う」

おそらく昔成宮から聞いたことがある、今川焼のお店だ。続く原田の言葉を聞いて、やはり合っていたと確認できた。

「御座候の店だ。カスタード好きか?」
「え、うん」

私の返事を聞いて、原田はずんずん歩いていき、ジャラジャラと小銭を出して、おばちゃんから2つ受け取った。どうしようかと思って立ち止まっていた私の元に少し駆け足で戻ってきて、1つを差し出してくれる。

「ほら」
「……ありがとう」

また公園を抜けて、ロケバスまで戻ろうとする。だけど、ベンチの近くで原田に引き留められた。




寒空の下、まあるいそれのほんのりとした熱に幸せを感じながら、ベンチに二人で並び、今川焼を食べる。

「年俸ウン億円の野球選手も、数十円の今川焼を食べるのね」
「俺は鳴みたいに高級志向じゃねえからな」
「……あっそ」

原田は3口くらいで食べ終わってしまったから、無言で私の完食を待つ。特に急ぎもせずむしゃむしゃして、ようやく食べ終わる。包装のツルツルした紙を細くおって、隣をみた。

「――美味しかった、ごちそうさま」
「食い終わったか」
「うん」
「……答えられる範囲で構わねえ」

小さく息をついて、原田は口を開いた。

「鳴のこと、どう思っているんだ」

いきなり直球、ドストレート。随分と強気なリードである。





クリスマスの生放送が終わってすぐ、ネットは荒れに荒れた。

成宮に本命はできないと安心していたファンが悲しんで、成宮と付き合っていないと知った私を応援してくれている人たちが安心して、「あの成宮に本命がいた」と芸能界隈が騒ぎ立て。

そして、成宮は開き直った。


『バレちゃったので、これからは堂々とアプローチしていきます』


なんて言う成宮の映像が出たのは、翌日の午前中。ホテルから移動しようとしたタイミングで記者に囲まれていたらしい時に、あいつは平然とコメントしていた。



「……あいつの言う『惚れた初対面』ってのがいつなのかは知らねえけど、鳴が糸ヶ丘のこと気に入ってんのは確かだぞ」
「なあに、稲実では女房役が恋愛相談も受けてあげていたの?」
「あいつが一方的に喋るんだよ」

それは容易に想像できた。ちょっと笑ってしまう。

「御座候も、お前がカスタード食べろっていうから食べて気に入ったみたいでよ、遠征先でも食っていたんだ」
「……へえ」
「糸ヶ丘の都合は知らねえから無理にとは言わない、だが少しでも引っかかってんなら考えてやってくれねえか」

特別後押しするでもなく、やんわりと伝えてくる原田。私だって、充分引っかかってはいる。


だけど、私にはずっと心に残る、わだかまりがあった。



「……原田って、出身どこだっけ」
「あ? プロ行くまでずっと東京だよ」
「小さい頃に”これ”食べたことなかった?」
「そういや、高校生になって初めて食ったな」

そう言いながら、細く折った今川焼の包装紙を見せる。単なる雑談だと思った原田は、のん気の答えた。

「これね、北海道ではおやきって呼ぶらしいの」
「確かに聞いたことあるな」
「この辺りだと今川焼、日本海側は大判焼って呼ぶのが多いかなあ」
「そうなのか」

「御座候なんて呼ぶの、兵庫県周辺くらいじゃないかしら」

そう付け足せば、原田は「そうか、」とつぶやいた。ようやく私の言いたいことが分かったんだろう。


(きっと原田は、甲子園まで来た時に、はじめて食べたんだろうな)


だから東京出身なのに、御座候なんて兵庫県民のような呼び方をしている。私は高校時代に、兵庫県へ行くことはなかった。


「……ちょっと前に、成宮が青道の飲み会に参加したい〜って騒いでさ」
「何やってんだあいつ」
「一応幹事にも聞いてあげたの。絶対断られると思ったからね。でも、」

幹事の小湊は、すんなりと彼を受け入れた。

高校時代あんなに成宮を嫌っていた伊佐敷も、楽しそうに並んで座って飲んでいた。


――ピロリン


仕事用のケータイに通知が入る。どうやら店と連絡が取れたみたいだ。


「……行こっか」
「待て」

立ち上がろうとした私の腕を、原田が掴む。容赦なくしたに引いて、また座らせてきた。

「仕事戻らないと」
「この流れで話終わらせられるかよ」

彼の瞳は、この上なく真剣で、まっすぐだ。私は小さくため息をつき、話を続けた。



「……原田は最後の夏のこと、まだ思い出す?」
「どうした、突然」
「私はマネージャーだから、選手がどう思っているか全然分からない」

彼の視線から逃げるように、俯いてしまう。


「……私ね、大学時代に騙されて、青道のみんなに助けてもらったの」
「……そうか」
「みんなが助けてくれなきゃ、今みたいな人生歩めていなかったと思う」

何があったのかは聞いてこない。だけど、きちんと耳を傾けてくれる。


「だから私は今でも野球部のみんなが大好き。それに、ずっとずっと頑張ってやってきたことも、ずっと近くで見ていたの」


普段通りの様子で喋りたいのに、声が震えてしまう。ボロボロと零れだした涙を止められないまま、私は投げつけるように感情をぶつけてしまう。原田は何も言わない。私の言葉は止まらない。


「だから……だからこそ、なんで……っ」


絶対に、彼に言うべきことではない。彼に言ってはいけないことだとは分かっている。だけど、だけど。


「なんでみんなが甲子園に行けなかったんだろうって……っ!」


どうしても成宮をみると今でも頭をよぎってしまう。もう卒業して何年も経つというのに、選手でもなかったのに、今でもあの夏を引きずってしまっている自分が、情けなくて悔しくて仕方がなかった。

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