小説 | ナノ


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「……ピッチピチの清純派アナウンサーだって聞いたんだけどな」
「同い年の堅物アナで悪かったわね」


私は今、東京で原田雅功と顔を合わせている。もちろんプライベートではない。仕事の都合が悪くなった事務所の後輩アナウンサーの代わりに、急遽呼び出されたからだ。

「悪かねえよ、俺は食レポなんざできねえからむしろ助かる」
「あんたの馴染みの店回るんだから、ちゃんとコメントしてよね」

原田と初めて仕事が一緒になった時はきちんと敬語で対応していたが、「他に人いない時はやめろ」と言われたのでありがたく敬語を取ってやり取りさせていただいている。今は他のスタッフがいるので、流石に出会い頭のような罵りはできないけれど。

「店回るのは素直に楽しみだ」
「ならよかった。ほら乗って」

ロケバスに乗り込んで、彼の通っていた稲城実業高校近くまで向かい始めた。




「にしても、急遽で糸ヶ丘を呼べるんだな」
「どういう意味?」

走り始めたロケバスの中で、私は早速持ってきた書類を取り出した。突然の仕事だから下調べが追い付いていない。持ってきた資料を確認していると、原田が喋りかけてくる。

「相変わらず、忙しいんだろ」
「そうね……どこかの球団が取材バッティングさせるから、睡眠2時間でロケ入れられたりしていてもう大変」
「……悪かったな」

そう、そもそもこのロケは元々12月中旬の予定だった。しかし、原田の所属する球団があろうことか彼の仕事を二重に受けてしまったせいで、予定がずれ込んでしまった。

結果、”ピッチピチの清純派アナウンサー”は来られなくなり、ロケ慣れしていてちょうど時間の空いていた同じ事務所の私が呼ばれた、という流れである。

「悪いと思うなら北海道の美味しいお店でも教えてよ」
「悪いがそういうの詳しくねえんだ」
「は? 北海道にいるのにどこも行かないの?」
「家の近所と、あとは空港と球場の往復くらいだな」
「……信じられない」

なんと勿体ないことか。私が北海道に行く機会があればそれはもう念入りに下調べをして行くっていうのに。何年も住んでいて未だそんな状態だなんて。勿体ないことこの上ない。

「ま、空港から球場までなら案内してやるよ」
「それは楽しみですねぇー本当にねぇー」

わざとらしく語尾を伸ばして原田の言葉を受け止めて、私は今日の仕事を確認する。一通り目は通したが、今の間にお店の詳細なんかは確認しておかないと。

「……随分書き込んであるんだな」
「ん? いつもこんな調子よ」

大きい図体を傾けて、私の資料を覗き込んでくる。随分と言うが、ネットの口コミを貼り付けたりしてあるだけだ。

「飯食いに行くだけで、そこまでするとは思わなかった」
「飯でも政治でも、ちゃんと取り組むのが大事なの」

しかし「飯を食いに行くだけ」と思っている原田には充分な準備だったようである。

「あらためて、今日は糸ヶ丘で良かったと思った」
「あら、改める前にも会いたいと思ってくれていたのかしら?」
「そうだな」
「……は?」

素直に肯定されてしまい、抜けた声が出てしまう。視線を上げて原田の方をみれば、同じ調子で、続けた。


「あいつのこと、聞こうと思っていたところだ」


原田の言葉を聞いて、前にいたスタッフの会話がぎこちなくなる。これは、聞かれているな。

「……その話はやめて」
「だがな、」
「分かった、せめて盗み聞きするスタッフのいない場所にして」

そう口にすれば、前に居たスタッフたちは振り返ってわざとらしくアハハと笑った。テレビ局勤めゆえの耳聡さなのだろう。とはいえ、気になってしまうのも仕方がないのかもしれない。


今まさに、私と”あいつ”は一躍時の人となってしまっているのだから。

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