小説 | ナノ


▼ 42

成宮と言い合った私は、その日の午後、事務所のある東京まで来ていた。理由はそう、「SNSで話題になっている件の確認」だ。憂鬱なことこの上ない。

(早くついたけど、社長が戻ってくるのまだ先なのよね)

急いで東京にきたけど、呼び出してきた相手がまだなのでどうしようもない。駅で時間をつぶそう。そう思った私は、人が少ないという理由だけで選んだ少々お高いカフェに入ってタブレットで経済紙を読む。イライラしながらも何とか記事を読みふけっていれば、ピロンとケータイが鳴る。相手は午前中一緒にいた、後輩ちゃん。

『今から会えませんか? 東京に来ているんですけど』

なぜ東京に。そう思いつつ、駅まで向かった。




指定された待ち合わせ場所は、割と人通りの多いエリア。乗り換えの悪い駅とはいえ、クリスマスだ。若者が多い。

「糸ヶ丘アナウンサぁ!ごめんなさぁーい!」
「え、ちょ!」

着いたと連絡を入れたらすぐ、背後から衝撃があった。後輩ちゃんだ。

「ずみまぜーん!私のせいで!」
「いやいやあんた何も、」
「……話を合わせてください」

「……は?」


くるりと回って、正面から抱き着いてくる後輩ちゃん。なんでこんなに号泣しているのかと思えば、突然いつもの声色で耳打ちしてくる。え、泣いていたのでは。

「……私が成宮選手に協力していたことにします」
「は?」
「糸ヶ丘さんは私からのプレゼントだと思って受け取ったってことで」
「いや、あんた何を、」

突然、何かを説明してくれる。よく分からないけれど、今朝つけていたネックレスのことで何が設定を考えてくれているようだ。しかし、なぜ彼女がこんなことを。

「これが成功したら、超絶エリート紹介してもらう約束なんです」
「……なんか分からないけど、分かった」

設定くらい先に伝えておいてくれでもいいのに。そう思いつつも、私は後輩の背中をさすって落ち着かせる。振りをした。

「ほら、話はあとで聞くから、ね?」
「ぐずっ……はぁい……」
「(……この子、女優になった方がいいんじゃないかしら)」

ピリリン、ピリリンと、勝手に写真を撮られている気配がする。きっと後輩ちゃんの目的はそれだろうけれど、だからといってこんなボロボロメイクを撮られて大丈夫なのかな。心配になった私は、自分のストールを彼女に被せて、そして人通りのない階段まで逃げた。



「……じゃ、私は帰りますね〜」
「えっ」
「だって今夜も向こうの地方で予定ありますもーん」
「じゃあ、わざわざこの為だけに……?」
「糸ヶ丘さんのためっていうか、超絶エリートのため?」

そう言ってきゅるんとした笑顔を魅せてくる後輩ちゃん。したたかだ。だけど、優しい。

「……ありがとね」
「いーえ! あ、新幹線代払えって成宮選手に言っておいてください!」

またきょるんとした笑顔を見せて、本当に彼女は帰っていった。

さて、私はどうしようか。社長が戻ってきたら、マネージャーから連絡が入る手筈だけど、まだ音沙汰はない。

――ピロン

しかし、代わりに懐かしい名前がケータイに表示された。


***


「た、高島せんせぇ……!」
「久しぶり、元気にしてた?」
「していないです!むしゃくしゃしています!」
「元気そうね」

同窓会で顔を合わせることはあっても、高島先生の部屋には初めてやってきた。キョロキョロしたり、「彼氏は?」なんて聞いたら「黙りなさい」と言われたので私は黙ってソファに座った。

「で、高島先生はどうしたんですか?」
「それはこっちのセリフよ」
「えっ」
「御幸くんから連絡あったの、「かのえ先輩と一緒に居てあげて」って」

予想外の名前が出て、ちょっと泣きそうになる。それが分かったのか、高島先生はティッシュを渡してくれた。4つ折りにして、目元を抑える。

「今日はどうして東京に?」
「ネットに上がっている件で……会社に呼び出される予定です」
「時間は?」
「社長が飛行機で戻り次第だから、22時過ぎとかかなあ」
「あらそう」

少しげんなりしながら伝えたのに、高島先生はあっさりと相づちを打った。えっ軽くないですか。

「……高島先生、なんだか割と優しさが減っていませんかね」
「そうかしら」
「私いまネットで炎上しておりましてね?その、ね?」
「ええ、見たわよ。ついさっきの写真も」

そういって、画面を見せてくれる。写っていたのは2人のアナウンサーが抱きしめ合っている写真。後輩ちゃんの思惑通り、『善意で成宮に協力してしまったアナウンサーと、それに騙された堅物アナウンサー』という話題になっている。

「やっぱり糸ヶ丘さんへの信頼、強いわね」
「……ありがたい限りです」

高島先生が見せてくれたケータイを受け取りスクロールしていくと、好意的な意見がたくさんあった。

【女子が泣いているから糸ヶ丘アナは隠してあげているの?】
【鉄壁の糸ヶ丘アナ、後輩思いなんだな】
【この泣いているアナウンサー誰?めっちゃタイプ】

たまーに後輩の名前もあったりして、思わず笑みをこぼしてしまう。

だけどやっぱり、まだ成宮との仲を疑うコメントも多い。


【でも成宮選手が糸ヶ丘アナ狙っているって噂あったよね】
【始球式の時も、仲良くないと打ったりしないでしょ】
【御幸の年俸でダメなら、成宮くらいしかいないもんね】


小さくため息をついて、高島先生にケータイを返す。それを受け取って、代わりに紅茶を渡してくれた。

「紅茶よ、ミルクか何か入れる?」
「いえ、ありがとうございます」
「事務所って近いの?」
「電車で1本です」
「なら、私の部屋で時間潰しましょう」

私の隣に座った高島先生は、液晶画面の電源をオンにして、ポチポチと操作する。随分と大きい画面だからテレビかと思ったのに、どうやらパソコンらしい。

「その大きい画面、テレビじゃなくてパソコンですか?」
「ええ、御幸くんがネット配信に出るんですって」
「へーめずらしい」

御幸ってネットとか機械とか疎いのに、そういうのは出るんだ。まあ操作するのは御幸じゃないからできるのかな。クリスマスだっていうのに、生放送らしい。可哀想だなと思いつつ、相手のいない女二人で画面を眺めていた。

「……げ、」
「成宮くんも出るのね」
「最悪、高島先生チャンネル変えよう」

そういえば成宮も同期と生配信と言っていた。まさか御幸と同じ放送だったとは。

「いいじゃないの、御幸くん見たいし」
「えー……でもそれは確かに興味ある」

年末年始の特番でも、御幸はあんまり発言している様子を見たことがない。もしかしたら一言も喋らないんじゃないか。それを考え始めたら興味が湧いてきた。


『そういや成宮、今日はネックレスしてへんの』

「ブフッ」
「やだ糸ヶ丘さん、汚いわよ」
「いや、だ、だって……こいつ正気!?」

突然ブチこんできたのは、配信主の大阪桐生だった選手。いくら視聴者数を稼ぎたいからといって、こんな話題振ることないだろう。

(成宮は、承知なんだろうか)

画面が成宮のアップに切り替わる。個人のチャンネルとはいえ、プロ野球選手の配信。ちゃんとスタッフが居てカメラの操作をしているようだ。

まさか、生放送で振られると思わなかった。せっかくシーズンオフだっていうのに、なんでこのタイミングだったんだ。

ティーカップを置いて、液晶画面にかじりついて観る。


『……今日はしない』
『えぇ〜あれどえらい高いんやろ?お似合いやったし』
『べっつにー? 俺の年収なら余裕でいつでも買えるし』
『うわ腹立つ、彼女とお揃いにしたん?』

随分と楽しそうに話題を振る。私が当事者であることと、報道関係者ということと、二重の意味で緊張しながら生放送を見守る。


『彼女じゃない』


私も元桐生の選手も、そして高島先生も固まってしまった。動いているのは小さくため息をついて座り直した成宮と、少し視線を下に向けた御幸だけだ。御幸のこの仕草は、隠し事がある時によくやる仕草。


『ずっと狙っている人がいるんだけど、全然靡いてくれなくてさ、』

『我慢できなくて、知り合いに協力してもらって騙してプレゼントしたんだよ』

ま、結局すっげー怒られて終わったんだけど。そう言った成宮の顔を、カメラがずっと抜いている。

『ずっと言うけどいつからなん?一年くらい?』
『ちげーよ!短すぎるだろ!』
『だって成宮が週刊誌載ってへん期間ってそんなもんやろ』

さらにつっこんできた元桐生に、正直いうと「よくやった」と言いたくなった。その質問は、私が散々聞いて答えてもらえなかったものだ。

『あれ全部デマ!その人が居るっていう飲み会に着いて行っていただけ!』
『え〜じゃあいつから? 高校生の時から顔見知りやっけ?』
『いつでもいいっての、つーかVTRに戻って』
『気になるよなー? 御幸くんも気になるやろ?』
『確かに、俺も気になるな』

後押しをする御幸。本当に知らなくて興味があるらしく、割と素の表情で成宮の方を覗き見ている。

同世代の二人にせっつかれた成宮は、いよいよスタッフからも急かされたのか、いつかみたいにおでこを真っ赤にして、ほぼ怒るような勢いで叫んで言った。


『〜〜〜っ初めて会った時からずーっと好きでしたけど!?』

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