小説 | ナノ


▼ 41

暖かい部屋でアイスクリームを味わいながら、SNSの話題を眺める。ニヤニヤしてしまうのは、ようやく彼女と噂になれたから。

ピンポーン

「おっ!かのえさんかな〜」

アイス用の銅スプーンをくわえながら、玄関にまで鼻歌まじりに向かう。慌てちゃっているかな、流石に怒られはするかな。

(でもかのえさんは、何だかんだ最後は許してくれるんだろうな)

「はいはーい、ちょっと待ってね〜」

ドアチェーンを外して、鍵を開ける。こちらがドアノブを掴む前に、扉が動いた。

「もーかのえさんそんなに急がなくっても、」
「なんで」
「ん?」

扉の向こうにいたかのえさんは、俯いていて表情があんまり分からなかった。だけど、思ったよりも声が低い。

「なんであんなことしたの」
「なんでって、」

そりゃあ、渡したかったからだ。素直に受け取ってもらいたかったっていうのが半分、他の男に対する牽制になればいいなーっていうのが半分。

「……だって、ああでもしなきゃかのえさん受け取らないじゃん」
「だから断ったじゃない」
「でもかのえさんにつけてほしく……てっ!?」

突然胸ぐらを掴まれた俺は、倒れ込むような勢いで廊下に座り込んでしまう。かのえさんも勢いのまま、廊下に片膝乗せて覆いかぶさってきた。

「っ危ないじゃん! 何すん……」

「……なんでこんなことしたの」

俺の襟首を離さないかのえさんの顔が、ようやく見えた。こんな苦しそうな顔、初めて見た。

「かのえさん、そんな怒らなくても、」
「どうして私の言ったこと分からないの」
「……分かるけど、でも渡したかったし」
「要らないって言ったよね」
「でもっ!」

ここまで仲良くなっても、かのえさんは俺のこと本気で考えてくれない。部屋まで入れてくれて、一緒にごはん食べて、テレビみて談笑して。そこまで仲良くなれたんだ。そこまで許してくれているなら、プレゼントくらい受け取ってくれたらいいのに、バッサリ拒否されてしまった。

「……成宮は、私のキャリア潰したいの」
「なんでそんな話になるのさ」
「騙し討ちで渡して、私に嘘ついて、それで話題になって、何が楽しいの」
「……かのえさんが俺の言葉信じてくれないからじゃん、


だから、俺は悪くない」


ハッキリと言い切る。騙したのは悪いけど、プレゼント1つでここまで言われる筋合いはない。

すると、ようやくかのえさんの手が緩んだ。とんと俺の胸を叩いて、自分だけ立ち上がる。そして玄関横のシューズボックスの上に、俺が無理やり彼女につけたネックレスを置いた。

「かのえさん、ねえちょっと、」
「そうね、成宮は悪くない」
「ねえ待ってってば!」


「成宮のことを信じた、私が間違っていた」



一瞬だけ見えたかのえさんは、今にも泣き出しそうな表情をしていた。


「え、」


――バタン


閉じられた玄関に、呆然とするしかなかった。なんで、そこまでのことじゃない。だって、ペアのアクセサリー付けていただけじゃん。一緒にいる様子を撮られたわけでもない。そりゃあ騒がれているけど、それだったらかのえさん一也ののガゼネタ書いた記事の方がよっぽど悪質だった。

なのに、なんで。


(……成宮は、私のキャリア潰したいの)


ひとつ、引っかかる言葉があった。かのえさんのキャリア、今のところ、こんなレベルのスキャンダルに潰されるほどかのえさんの信頼は弱くない。今まで散々他の女子アナのマウントの材料にされてきたからよく分かる。かのえさんの今受けている仕事は、この程度でなくなるはずがない。なら、今後の仕事だ。

でも本人に聞けるはずもない。俺は唯一知っていそうな男に連絡を入れた。


***



「一也!」
「……よう」

予定よりも早く東京行きの新幹線に乗った俺は、唯一事情を知っていそうな一也を呼び出した。

ランチ営業もしている個室居酒屋。飲むわけじゃないけど、完全プライベートですぐに個室を抑えられるのがここしかなかった。少し遅い昼食を取っていれば、ちょうど食べ終わったタイミングで一也がやってきた。

もう昼飯を済ませた一也が酷い表情でドシンと俺の正面の座布団に座る。

「で、お前マジで何しでかしてくれたわけ?」

一也は予想以上にイラついていた。普段ネットなんてみない癖に、俺とかのえさんの話は知っているっぽい。湯飲みに茶を淹れて渡してやれば、何も言わずに受け取る。

「……一也は俺達のこと、どこまで聞いてる?」
「騙し討ちでメシ行って、そこで俺と付き合っていないのバレたって」

騙し討ち。その単語が今すごく突き刺さる。

「今さ、かのえさんと同じマンション住んでんの」
「……それは前に見たから知ってる」

「で、結構部屋にも上がらせてもらっているんだよね」
「は?」

「まあ最初はすっげー拒否されていたんだけど。でも、高級マンゴーとかケーキとかで釣ったり、メイクしてくれーって頼んだり、色々理由つけて部屋まであげてもらったりしてさ」
「いやー待て待て、全然ついていけねえ」

片手で頭を押さえ、考えこんでいる一也。だけど、そんなのん気にしている時間はない。

「……だから、あと一息だと思ったんだよ」

俺は持っていた湯飲みを握る力を強くした。一也も湯飲みを置いて、ため息をつく。

「……鳴の言い分は理解できた。先輩に甘かった部分があるのも分かった」
「じゃあなんでかのえさんは、」

「だけどな、タイミングが最悪だ」

顔の前で指を組んで、俯いている一也。大きくため息をついて、顔をあげる。


「……今じゃなかったら、まだ良かったのに」
「ねえ一也、何があるのさ」
「……絶対外部に漏らすなよ」

そう言って、一也は教えてくれた。言ってはいけない、かのえさんの仕事の話。





「――俺、それ聞いた」
「? 鳴も聞いてたのか」
「違う、でも、すごく嬉しい仕事が決まったって、一人で祝杯まであげて」

だって、知らなかった。アイドルでもあるまいし、こんな小さなスキャンダルで潰れる仕事があるなんて、考えもしなかった。


(高校野球の仕事なんて、全然知らなかった)


でも理由を聞いて、ようやく理解できた。部員とマネージャーの恋愛沙汰を、面白おかしく取り上げられるきっかけになんてなりたくない。テレビ局の考えも、それに納得したかのえさんの考えもよく分かった。その前提で考えてみると、俺となんて噂になったら、それこそ酷い噂のきっかけになりかねない。


「……一也、どうしよう」
「どうしようもねえだろ、今更」
「でもっ!」
「やっちまったもんは、もう取り消せねえっての」
「でもっ、でも、俺はまだ何も言ってないのに……」

ふと、気付いた。俺はまだ、誰にも何も言っていない。

「……そうだ、何も言ってない」
「は?」
「まだ何も言ってない、別の場所で同じネックレスつけていただけだ」
「つっても、今更どう言い訳するんだよ」


「言い訳しない、全部正直に言う」


流石に部屋まで上がり込んでいることは言えない。でも、俺が勝手にやって、かのえさんを騙したことは言わなきゃいけない。

「鳴がいいなら言えばいいけど、かのえさんに会える環境ってことは言えないだろ。どうやって渡したことにするんだよ」
「それは……青道のマネとか」
「貴子さんは今北海道」
「じゃあ一也が渡してくれたって!」
「俺がクリスマスに会っていたなんて、余計に不味いだろ」

そうだ、どうやってかのえさんに渡したことにしよう。そこさえクリアできたら、何とかなる気はするのに。

俺とかのえさんの共通の知り合い。男じゃなくて、今すぐ連絡が取れて、俺の言い訳に協力してくれる人。


「……いるじゃん」


一人、思いついた。自分に利益さえあれば、かのえさんでさえ利用してしまう、ショートカットの女子アナウンサー。

俺はケータイを取り、随分と古くなった履歴を漁った。

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