小説 | ナノ


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「あれ、かのえさん仕事あるの?」
「ううん、今から後輩とモーニング。そっちは?」
「俺は夜に東京で生配信〜」

出かけるべく玄関で鍵を出していたら、同じタイミングで成宮も出てきていた。向こうはちょっとそこまで行くくらいの服装。どうやら夜には予定があるそうな。

「生配信?」
「そ、大阪桐生から日ハムいったヤツがそういうの好きでさ」
「こんなクリスマスにするのね」
「予定ないでーすってアピールでしょ」

なるほど。そう言われるとすぐに納得してしまう。確かにこの年末の時期は、プロ野球選手のテレビ出演は多い。だというのにわざわざ個人のネット配信まで参加するのかと疑問を持ったが、そういうことなら理解できた。彼らも人気商売なわけだから。

「……放送事故起こさないでよ」
「失礼な!俺ほどテレビ慣れしている選手もいないからね!」

まあそれは事実だから何も言えない。

「というか、かのえさんも外食するんだ」
「”クリスマス独り身で寂しくなった後輩が甘えてきた”らしいの」
「……らしい?」
「そういう設定。例のショートカットの後輩ちゃん」

言えば、成宮は「あー……」と納得した。かと思えば、じぃっと私の首元をみる。

「成宮、どうかした?」
「んー」

何か考えて、私の背後に回る。

「……かのえさん、ネックレス服に引っかかっているよ」
「えっ嘘」
「飛び出ている糸、切ってもいい?」
「ごめんね、お願いします」
「ちょっと待ってて」

そういうと成宮は自分の部屋へバタバタ走っていき、そしてまたすぐに戻ってきた。

短いチェーンを一旦外して、チョキンという音がした。ニットのハイネックにしたのは失敗だったかもしれない。

成宮の腕が首に回り、またチェーンを付けてもらう。

「この服、結構ひっかかりそうだからあんまり触らないようにね」
「ありがとう、そうする」

じゃあね、そういって私はエレベーターへ向かった。成宮がいたずらめいた表情をしているとも知らずに。


***


「で!何もらったと思います!?」
「分かんない」
「ゴッツイピアスですよ!ピ・ア・ス!」
「あんたピアスしているじゃない」
「重いのヤだから小さいのしかしないんですー!」

指定されたホテルラウンジへ行けば、綺麗な服装をした後輩ちゃんがいた。もう特番シーズンでレギュラー収録がないってのに、普段からちゃんとしていて感心する。

「糸ヶ丘さんだっていつも華奢なネックレスじゃないですかあ?」
「そうね」
「突然ゴツイのもらっても、使い勝手悩みませんか?」
「うーん……確かに考えちゃうかも」
「でしょ? 大体プレゼントするなら普段の様子チェックしろっての!」
「あ、料理きたみたいね」

ぷりぷり怒りながらも、料理が届いたらすぐにケータイを取り出す後輩ちゃん。

「ほら、先輩撮りますよー」
「えっ私を撮るの?」
「糸ヶ丘アナ写っているとイイネがすっごく増えるんです!」
「……さいですか」

そういうことを臆することなく伝えてくる後輩ちゃん。潔すぎて呆れるどころかいっそ好感が持てる。仕方がないので皿を向こうに向け、写真用の丁寧な笑顔を浮かべる。

パシャ……パシャパシャ……

「……やーん、糸ヶ丘さんかわいい〜」
「あんたも撮ってあげる」
「いいんですか? 可愛くお願いしまーす」

パシャ

「……はいはい可愛い」
「雑じゃないですか!?」
「大丈夫、あなたはいつでも可愛いから」
「それはそうですけどぉ……あ、でも撮るの上手い」

私の撮った写真に満足したのか、後輩はさっそくSNSにアップするつもりらしい。私もせっかくだから料理だけの写真を載せておこう。1枚だけ撮って、後輩を放って先に食べ始めた。

「あんた、食べないの?」
「んー、先に投稿しておこうかなって」
「先食べるわよ」
「召し上がれ〜」

私から遅れること数分、ようやくSNSを更新し終えたようで、ケータイを置いてスプーンを手に取る。さて、ようやく独り身2人のモーニングだ。




「……そういえばさ、」
「どうしましたー?」
「彼氏にあった別の女の気配、あれどうなったの?」
「そうそれです!真っ黒だったんです!」

食後の紅茶を堪能しながら、気になっていた話題に戻した。後輩はまたぷりぷり怒りながら、ティーカップを置いてケータイを手に取る。

「これが例の女なんですけど、ほら指輪!」

見せられたのは、”別の女”らしい人のアカウント。名前も記号で裏アカウントといった気配だが、確かに後輩ちゃんの彼氏が付けているのと同じデザインのそれを、薬指につけた左手が見える。

「うわー……アウトね」
「でしょ!? 振られるのは癪なので、こっちから振ります!」

もう信じらんない。そういって後輩ちゃんはまたスイスイとケータイをスクロールさせている。すると、ふとこちらを見上げた。

「何?」
「……糸ヶ丘さん、そのネックレスってどうしたんですか」
「ん? 何年か前に自分で買ったんだけど」
「何年か前?」
「うん」
「……ちょっと見せてください」

前のめりになって、私の首元に手を添える。くるりとひっくり返したりして、ブランドでも確認しているのだろうか。


「……これ、チェーンとパーツ、別ブランドですよ」
「……はい?」
「糸ヶ丘さん、自分で付け替えました?」
「そんなことしないわよ」
「ですよねー、色合ってないし」

一体どうして、そんなことになっているんだ。ハイネックだから、触れている感覚がなくて全く気付けなかった。確認すべく私が必死にネックレスを外そうとしている最中、後輩が自分のケータイで何かを調べながら聞いてくる。

「他局だとアクセ外すこともありますよね、その時に変えられた可能性は?」
「いや最近は仕事でこれ付けて行ってないはず」
「今朝はどうでした?」
「どうだったかな。あ、家に友だちがチェーン替えてくれたとか」
「といっても……それ、海外ブランドの新作ペアアクセなんですよ」
「え、」
「こんな高い物、いたずらに使うわけでもないし……あ、」
「取れた!」

そう教えてもらったタイミングで、ようやくチェーンが外れた。かかっていたジュエリーは、確かに見覚えのない物だ。

どう見ても高い石のついているそれ。流石に着ける時に気付くと思ったのだが、どうしてこんなものが。そう考えていると、後輩が私にひとつ質問を投げかけてくる。

「……糸ヶ丘さん、本当に今彼氏いないんですか?」
「だからそう言って……、」

後輩ちゃんが自分のケータイ画面をこちらに向けてくる。彼女がよく使っているSNSの、とある投稿が表示されていた。


「これ、昨日プロ野球選手があげていた写真です」


差し出されたケータイに写っていたのは、この地方を本拠地とする球団の若手選手たち。その中に、成宮もいた。

「ねえ、もしかして」
「成宮選手が付けているのも、同じ物ですね」

ケータイを奪って、画像を拡大する。最近のケータイ撮影が画質が随分とよろしいようだ。指でつまみ広げれば、同じデザインであるとはっきり分かった。

「……成宮選手と会いました?」
「朝、ここ来る前に会って……ネックレスが服に引っかかっているって」
「あー……ハメられましたね」

あいつそこまでするんだあ、いつものように語尾を伸ばして、でもいつもより低い声で後輩が呟く。私以上に、怒ってくれているみたいだ。

私はただただ、頭が真っ白になっていた。気付かれてしまうのだろうか、いやしかしこの程度。別に成宮となんて、確定したわけでもないし。焦る私を急かすように、着信音が響く。


――プルルルルッ


鳴ったのは、私のケータイ。画面にはマネージャーの名前。どうぞとジェスチャーをする後輩に甘え、その場で出る。

「……ごめん、会社から呼び出し食らった」
「えっ今から東京の事務所ですか!?」
「指定は夜だけど、早く行った方がいいからね」

店員を呼んで、カードを切る。誘ってきたのは向こうだが、流石にこうなれば私が全額払う。後輩は申し訳なさそうにしていた。

「ということでごめん、先に帰る」
「……糸ヶ丘さん、大丈夫ですか?」
「うーん、どうだろ」

曖昧な笑顔を浮かべたまま、首を傾けた。後輩が心配そうな顔をして私をまっすぐ見ている。その間も、彼女のケータイの通知は鳴りやまなかった。

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